1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
義和団事件のひとつの真実 戦争に巻き込まれた日本人の声 |
今から117年前――1900年6月、中国・北京の各国公使館は、中国の義和団に包囲されます。いわゆる、義和団事件の「北京籠城戦」です。
日本やイギリスなど、10か国以上の公使館にいた人間が、籠城を余儀なくされます。その期間60余日。義和団は、外国人排斥だけでなく、キリスト教排斥を掲げていたため、この時、北京にいたキリスト教の多くも公使館に逃げ込みます。その時の籠城戦の貴重な回顧録が本書です。「北京籠城」は、柴五郎という軍人(公使館付武官)の講演録です。「北京籠城日記」「北京籠城回顧録」の著者は、のちの中国哲学者・服部宇之吉で、氏は〈清国留学中,義和団の蜂起に遭遇〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)しました。
前者は、籠城戦の指揮官のひとり。後者は義勇隊に属していました。この時の日本人の奮戦ぶりから、この籠城戦は、〝日本人の勇敢さ〟を示すエピソードとして語られることもあるのですが、本書の本質はそこにはありません。実際、「勇気」や「勇敢」という言葉は、頻出します。しかし勇敢な人間がどうなったかといえば、〈内外人がその勇気に敬服した義勇隊指揮官安藤大尉〉は、結局、〈戦死〉したのでした。
伝令役を務めていた服部青年は九死に一生を得ます。
〈……たちまち正面より一丸(敵弾)飛びきたりて壁にあたり、土はサッと予の頭に降りかかれり。驚きて壁を見れば、予の頭より五分ばかり上のところに銃丸入りおれり。予にしてもし身長一寸も高かりしならんには、ま額をうち貫かれて即死すべかりしなり〉
留学生であっても武器を持って戦う。そして銃の的になる。悲しいかな、これが〝戦争〟の現実なのです。
公館に匿われた中国人キリスト教徒も例外ではありません。彼らに食料の用意はなく、各国共に兵士たちの食料に事欠く状態で、食料をなかなか回せません。
〈……教民の婦女、小児などは草木の葉だの槐(えんじゅ)の花などを食っているのを見ました。彼らのうち餓死するものもずいぶん少なくありません〉
敵弾や地雷に倒れた者より、餓死者のほうがはるかに多かったのです。
本書は、「戦争に巻き込まれた人間」が残した記録です。無辜の民を巻き込まない戦争などありません。戦争が始まれば、誰も無傷ではいられないのです。
ジャンル | 日記/記録 |
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時代 ・ 舞台 | 1900年の中国(清代末) |
読後に一言 | たとえばシリア、イスラエル。こうした戦乱の国の人々の生活と、本書の人々が重なりました。 |
効用 | 淡々とした描写が、戦争の真実を浮き上がらせています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | ……月の光を身に浴びて一人立てば、当時久しく音信杜絶せる予が身の上を思いわびて、この月に対せん故郷の家族のことを思い、また生きてふたたび月の円(まどか)なるを見るを得べきかなど思えば、涙の自ら下るを禁ずること能わず(「北京籠城日記」) |
類書 | 口伝えに語られた義和団事件『義和団民話集』(東洋文庫244) 同時代を生きた中国の詩人・革命家の半生『長安城中の少年』(東洋文庫57) |
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(2024年5月時点)