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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 77

『今古奇観3 明代短編小説選集』(抱甕老人編 千田九一、駒田信二訳)

2017/06/29
アイコン画像    ぐるぐるめぐる運不運
目先のことにくよくよするな!?

 唐突ですが、「自分は運がいい」と胸を張れる人間はどれほどいるのでしょうか。そんなこと思ったのは、本書『今古奇観3』の第22話を読んだからです。

 主人公は馬徳称。名門の出で、10代の頃から秀才の誉れ高く、立身出世が約束されたような人物です。ところがある日、占い師から、22歳で運勢が悪くなり、〈命をそこなうおそれも〉あると言われてしまう。馬徳称、気にもしていなかったのですが、それからは試験に落ち続け、ついには家財も取られ、縁談もご破算。〈食べるものにもこと欠くようになった〉。

 捨てる神あれば拾う神あり。もうダメだと身投げを試みると、見も知らぬ老人に助けられます。あなたはまだ若い。きっと出世する。自分の持っている地金三両を餞別に差し上げよう。ラッキーな申し出です。ところが、袖に手を入れると金がない。なんと掏摸(すり)にあっていた。


 〈昔の人が『人の好意で運は開ける』と言ったが、いまのようなことがおこってみると、好意はあっても運というものはどうにもならぬものらしい〉


 老人の呟きが、重いですな。

 徳称は半ば餓えながら生きながらえ、家庭教師の口を得るも、教えた子は病で死ぬ。疫病神と罵られ、街の人からは見れば唾を吐きかけられる。

 人生のどん底です。

 ジャパンナレッジで「運」と検索してみたところ、「全文全訳古語辞典」に面白い例文を見つけました。


 〈「おのづから短き運を悟りぬ」〈方丈記・わが過去〉〉


 鴨長明、自分の半生を振り返って短き運=不運だったと嘆いているんですね。長明は後鳥羽上皇の覚えめでたく、歌人として活躍しますが、〈神官としては不遇で、父を失ってからは神官としての道も閉ざされ、失意の中に暮らした〉(同前)そうです。で、出家遁世の中で綴ったのが『方丈記』というわけです。

 しかしよく考えてみると、人生の憂き目にあったからこそ、今も読み継がれる『方丈記』が生まれたとも言えます。大きな不運が大きな運を持ってきた。

 では、徳称はどうなったでしょう。実はかつての許嫁は莫大な遺産を受け継ぎ、しかもよそに嫁がず、徳称を探していたのです。ハッピーエンドが見えてきましたね。

 「字通」によれば「運」とは、〈めぐる〉こと。運不運は巡り巡っているのですね。



本を読む

『今古奇観3 明代短編小説選集』(抱甕老人編 千田九一、駒田信二訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
成立した年代1600年代の中国・明
読後に一言運不運、難しいですね。でもようはこういうことのようです。
〈控えなされよ若い人/酒とおんなに金だけは/浮世の欲をさらりとすてて/分相応に暮らすべし〉
効用第21話は、還暦を過ぎてから出世した人の話です。たゆまず学んでいれば道は開ける、とこの逸話は教えてくれます。
印象深い一節

名言
この世はぐるぐる車の輪/目さきの吉凶かりのもの/因果はめぐる世のさだめ/善にはかならず報いあり
類書明代の怪異小説集『剪燈新話』(東洋文庫48)
明代の「笑府」を含む笑話集『中国笑話選』(東洋文庫24)
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