1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
スウェーデンの博物学者が見た 242年前の日本人の姿とは |
出島(長崎県)の一角には、あのシーボルトが建てた碑があります。そこにはラテン語でこう記されています。
〈ケンペル、ツュンベリー、見たまえ、あなた方の植えた木はここに緑に栄え毎年花を咲かせています、育てた人を忘れずに、そしてまごころをこめた花環をささげるのです。 シーボルト〉
いわゆる「出島の三学者」と称えられるのが、江戸時代、共にオランダ商館医として来日したこの3人です。シーボルトは同じ科学者として通じるものがあったのでしょう。
●ケンペル(1651~1716) ドイツの博物学者、医師。1690~92年日本滞在。著書に「日本誌」など。
●ツュンベリー(ツンベルク、1743~1828) スウェーデンの博物学者、医師。1775~76年日本滞在。著書に「日本植物誌」「日本動物誌」など。
●シーボルト(1796~1866) ドイツの博物学者、医師。1823~29年日本滞在。1859年再来日。著書に「日本」「日本植物誌」「日本動物誌」など。
本書『江戸参府随行記』は、今から242年前の夏、日本にやってきたツュンベリーによるものです。
彼の日本人論が非常におもしろい。
〈国民性は賢明にして思慮深く、自由であり、従順にして礼儀正しく、好奇心に富み、勤勉で器用、節約家にして酒は飲まず、清潔好き、善良で友情に厚く、率直にして公正、正直にして誠実、疑い深く、迷信深く、高慢であるが寛容であり、悪に容赦なく、勇敢にして不屈である〉
ツュンベリー、基本的に日本人を絶賛しているのです。もちろん、不貞が平気なのはおかしい、とか、お上に服従するのが当たり前、とも分析するのですが。
家畜に与えられているエサの中から、珍しい植物を見つけ出して標本にするようなツュンベリーです。科学者の視点で、道中記も冷静に記しています。そんなツュンベリーに褒められたのですから、嬉しくなります。
……と、ここではたと気づきました。ツュンベリーが見たのは「242年前の日本人」です。〝今〟の日本人ではないのです。褒められたからとニヤついていたら、ただの「愛国ポルノ」になってしまうところでした。
「疑い深い」「高慢」「迷信深い」のマイナス評価を除くと、全部で21項目。ひとつひとつ、自分と比較してみると……。10にも満たない自分がいました。
ジャンル | 紀行 |
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時代 ・ 舞台 | 1700年代後半の日本 |
読後に一言 | 出島の三学者は“科学者”として日本を訪れ、それぞれ「参府紀行」を残しています(ケンペル、シーボルトは当欄で紹介しました)。お互いに先達を意識していたようで、ツュンベリーは来日に際してケンペルの本を持ち込み、シーボルトはツュンベリーの本を携行しました。 |
効用 | ツュンベリーは滞在時、1日4回気温を測っていて、その記録も載っています。ちなみに長崎の最高気温は、8月の36.7度だったそうです。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 日本帝国は、多くの点で独特の国であり、風習および制度においては、ヨーロッパや世界のほとんどの国とまったく異なっている。(「序」) |
類書 | ケンペルの参府記録『江戸参府旅行日記』(東洋文庫303) シーボルトの参府記録『江戸参府紀行』(東洋文庫87) |
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(2024年5月時点)