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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 143

『菅江真澄随筆集』(内田武志編)

2017/08/17
アイコン画像    早くから縄文土器に注目
民俗学者・菅江真澄の名エッセイ

 先日、知人から縄文土器の文様だけを模写したスケッチを見せてもらいました。その文様はさまざまで、意匠を凝らしている。私たちは、文化が右肩上がりで発展しているように思い込んでいますが、これを見ると、むしろ波形に推移してるんじゃないか。かつてある部分で栄えた文化が、消えて忘れられ、現在はそれよりも劣っている、ということはありうる。そう思いました。

 江戸の紀行家・民俗学者の菅江真澄(1754~1829)は、早くから、縄文土器に注目したひとりです。以前、当コラムで紹介した『菅江真澄遊覧記』にも土器の記述が数多く登場します。もっとも、縄文土器の名は、〈E.S.モースが1877年に発掘した大森貝塚発見の縄目文様をもつ土器をcord marked potteryと説明したことに由来〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)します。本書が書かれた当時は、何千年も昔のものとは思われていなかったようですが。

 『菅江真澄随筆集』は、氏の自筆随筆を中心に8つの作品を抄録したものですが、その中に「新古祝甕品類之圖(しんこいわいべひんるいのず)」という図入りの記録があります。いろんな「甕」を乗せているのですが、その中に、こんな記述が。


 〈甕箇岡村(現在の青森県・亀ヶ岡遺跡)の片岨を掘れば、をりとして小瓶を得る。大小定らず、俚民(トコロビト)こは高麗人(コマウド)の來て制作(ツクリ)たるといふ。蝦夷洲(エゾチ)より掘りえる陶(モノ)に凡似たり。なほ奥にものすべし〉


 その地を掘ると、大小さまざまな瓶形のものが出土した。地元の人は、高麗人の作ったものだという。先ほどの文化の話じゃないですが、高麗人が作ったと考えるほど、精巧なものだったということです。

 ここで菅江真澄の経験と観察眼が光ります。

 氏は、蝦夷地(北海道)を旅して回った経験があります。北海道は、いちばん最後まで縄文土器が残った地域のひとつです。菅江はそれを蝦夷で見ていたわけですね。ゆえに、〈蝦夷洲より掘りえる陶に凡似たり〉と指摘できた。付随する〈圖17〉を見てみます。形は中央部が大きく膨らんだ壺形で、肩部にはっきりと文様が刻まれています(工字文といわれる)。他の部分に細かい文様があったのかどうかはわかりませんが、縄文土器でしょう。これで何かを煮て食べたのでしょうか?

 亀ヶ岡では、菅江真澄の随筆をヒントに、発掘現場を特定したこともあるそうです。本書を読んで、菅江真澄の文化レベルの高さ、見識に恐れ入ったのでした。



本を読む

『菅江真澄随筆集』(内田武志編)
今週のカルテ
ジャンル随筆/民俗学
時代 ・ 舞台1700年代後半から1800年代前半の日本
読後に一言ほぼ原文のままの収録なので、読むのに骨が折れましたが、菅江真澄の興味の広さに驚かされました。
効用フィールドワークに徹した菅江真澄のアプローチは、現代もなお有効です。
印象深い一節

名言
此ふみは見し事聞し事ともを筆にまかせて書やりつれば、こをふでのまにまにと名つけつ。(「筆のまにまに」)
類書菅江真澄の名紀行『菅江真澄遊覧記(全5巻)』(東洋文庫54ほか)
E.S.モースの日本滞在記『日本その日その日(全3巻)』(東洋文庫171ほか)
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