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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 531|536|540|552

『本草綱目啓蒙(全4巻)』(小野蘭山著)

2017/08/31
アイコン画像    70代で本草学の頂点に立った
江戸のスーパーおじいちゃん

 WHOの定義ですと、総人口のうち65歳以上の高齢者が占める割合が21%を超えると「超高齢社会」と呼びますが、日本はすでに27.3%(総務省2016年9月発表)。少子化もあいまって老人だらけというわけです。働き手の減少、経済の縮小……と少子高齢社会には、暗いイメージばかり付与されていますが、さてそうでしょうか?

 たとえば小野蘭山(1729~1810)という本草学者がいます。〈ひろく植物採集をおこない,わが国の本草学を集大成した〉(ジャパンナレッジ「日本人名大辞典」)人物で、〈シーボルトは蘭山を「日本のリンネ(※近代植物学の基礎を築いた植物学者)」と評した〉(同「ニッポニカ」)そうです。

 特筆すべきは、晩年の行動です。なんと、〈七十一歳の蘭山は幕府の召に応じて江戸に下り、医官に列せられて医学館で本草学を講じた〉(同「国史大辞典」)のです。市井の学者が幕府に召されるのもすごい話ですが、その話が来たのが70歳を過ぎてから。しかもその後、73歳から77歳までの5年間、〈幕命を受けて、五回以上も諸国へ採薬旅行に出た〉(同前)というのだから驚きです。

 同時期に――つまり70代ですね――講義をまとめた『本草綱目啓蒙』を刊行しているのですが、〈本草学の頂点にたつ著作〉で、〈日本各地の方言が記されており、本草書としてばかりでなく、植物学、言語学分野などでも利用価値が高い〉(「ニッポニカ」)と、評価されています。

 試しに中を覗いてみましょう。

 〈梅〉の項には、〈ニホヒグサ〉や〈カゼマチグサ〉など多くの異名や方言が紹介されています。続く本文。


〈古、単ニハナト云ハ梅花ナリ。後世ハ桜花ヲハナトイフト八雲御抄(順徳天皇が著した歌論書)ニミエタリ。唐山(中国)ニテハ牡丹ヲ単二花ト云。梅二品類多シ〉


 と、花をめぐる言葉の時代の変遷から梅のあれこれまで、詳しく記されます。

 〈日本各地の方言が記されており~〉とあるので、今度はジャパンナレッジの「日本方言大辞典」で「本草綱目啓蒙」を全文検索してみると、なんと2582もヒット! 「日本国語大辞典」だと2931もヒット! 〈言語学分野などでも利用価値が高い〉とはこのことなのでしょう。

 小野蘭山が幕府に召されたのも「本草綱目啓蒙」を上梓したのも共に70代。江戸の頃より老人パワーはあったのです。老人が奮闘する社会――経済大国ではないかもしれませんが、こんな未来も悪くありません。



本を読む

『本草綱目啓蒙(全4巻)』(小野蘭山著)
今週のカルテ
ジャンル事典/科学
刊行年1803~06年
読後に一言「この道しかない」と経済大国を目指すから、道を誤るのです。蘭山にならい、少子高齢化社会(=小国)を楽しむことを考えてもいいのでは?
効用目次を眺めながら、面白そうな項目をパッとクリックしてみる。ちょっとのつもりが、熟読してしまうはずです。
印象深い一節

名言
翁、年七十余、その貌、臞然たり。なおよく山谷の間に採薬し、人、称して地僊(地仙)となすという。(「本草綱目啓蒙序」)
類書江戸の食物本草書『本朝食鑑(全5巻)』(東洋文庫296ほか)
江戸の図入り百科事典『和漢三才図会(全18巻)』(東洋文庫447ほか)
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