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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 194

『法顕伝・宋雲行紀』(長沢和俊訳注)

2017/11/02
アイコン画像    ひたすら愚直に進む――
老僧はなぜインドへ向かったのか。

 ちょっと長いですが、以下、引用します。


 〈いま顧りみて経過した処を〈尋ねて〉みると、思わず心は動き汗が流れる。危いところを渡り峻嶮をふんで、この身体〔の危険〕を惜しまない所以は、恐らく〔堅い〕志があって、自分の愚直を押し通したからであろう。故に〔私は〕命を必死の地に投じて、もって万一の希望を達したのである〉


 これは、「法顕伝」(『法顕伝・宋雲行紀』所収)の最後、法顕が自身の長き旅を振り返っての言葉です。

 法顕は、中国・南北朝時代の僧侶です。仏教の戒律文献を求め、〈60余歳の老齢の身で,同学の僧らと長安を出発して,陸路インドへ〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)向かうのです。足掛けでいえば往路6年、滞在6年、復路(海路)3年、399年の出発から412年の帰国まで14年。80歳近くになってようやく中国に戻ってきます。

 日本は中国から仏教を輸入して、仏教国になったわけですが、いわば法顕のような僧侶がいたからこそ、日本にまで仏教がたどり着いたとも言えます。

 で、冒頭に戻りますが、なぜ法顕は老齢の身でありながら、過酷な旅を遂行できたのか。一緒に旅した僧は、途中で帰るものあり、死ぬ者あり。


 〈空には飛ぶ鳥もなく、地には走る獣もいない。見渡すかぎり〔の広大な砂漠で〕行路を求めようとしても拠り所がなく、ただ死人の枯骨を標識とするだけである〉


 これは砂漠を渡っている最中の描写ですが、こうした悪条件のもと、法顕は進みます。雪山を越えている最中、とうとう死者が出るのですが、法顕はその者を撫でながら言います。


 〈われらが真の目的はまだ達していないのに〔こんな所で死んでしまうとは……〕運命は如何ともしようがありません〉


 法顕の強さの源は、これなのでしょう。真の目的――仏教の戒律文献を求めるという目的のために、一心不乱に突き進む。〈自分の愚直を押し通した〉というのは、そういうことなのです。何歳であっても、〈真の目的〉のために〈愚直〉に進めば、やり遂げられる。法顕はそのことを、教えてくれたのでした。

 だとするならば、私たちに必要なのは、〈真の目的〉なのかもしれません。そしてそれが果たして正しい目的なのか、ジャッジする目を養うことが必要なのでしょう。



本を読む

『法顕伝・宋雲行紀』(長沢和俊訳注)
今週のカルテ
ジャンル紀行/宗教
時代 ・ 舞台300~500年代(中国、パキスタン、アフガニスタン、インド、スリランカ、インドネシア)
読後に一言個人個人が正しい目的を持ってさえいれば、権力者の間違った目的に惑わされないんじゃないか。そんなことを考えました。
効用三蔵法師より早い時期の、中国の僧のインドへの旅です。簡潔な文章は読みやすく、優れた旅行記としても評価されています。
印象深い一節

名言
山に高低があり、川にも大小があります。人が世間に生きるにも、また尊卑があります。(『宋雲行紀』)
類書三蔵法師のインドへの旅『大唐西域記(全3巻)』(東洋文庫653ほか)
中国の仏教&道教の通史(~6世紀)『魏書釈老志』(東洋文庫515)
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