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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 86

『戦国策 3』(劉向編 常石茂訳)

2018/02/08
アイコン画像    フェイクも繰り返せば真実になる!?
故事成語で予想する2018年(3)

 しばし下記のやり取りをお読みください。


Q〈いま、だれかが『市場に虎が出た』と申しましたら、王さまにはお信じになりましょうか?〉

王〈いいや〉

Q〈二人目のものが『市場に虎が出た』と申しましたら、王さまにはお信じになりましょうか?〉

王〈半信半疑になろう〉

Q〈三人目のものが『市場に虎が出た』と申しましたら、王さまにはお信じになりましょうか?〉

王〈信ずるだろう〉


 『戦国策 3』に収められている、いわゆる「市に虎あり」の故事です。転じて、〈事実無根の風説も、言う人が多ければ、ついに信じるようになる〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)、あるいは〈存在しないことや偽りなどが、まことしやかにいわれる〉(同「日本国語大辞典」)ことのたとえで使われます。

 そうです、まさにフェイクニュース!

 先日、ワシントン・ポスト(1月21日)に興味深い記事が載りました。トランプ大統領は、就任1年間で虚偽や事実関係で誤解を招く主張を2140回繰り返したんだそうです。1日平均でなんと6個!

 実は、「市に虎あり」の恐ろしさは、“繰り返し”にあります。歴史家ティモシー・スナイダーは、著書『暴政』(慶應義塾大学出版会)の中で、権力者の「決まり文句」を口にするな、と警鐘を鳴らします。例えばテレビでは「同意したくない人間でさえその決まり文句を繰り返す」。すると、視聴者はそれに麻痺し、慣れ、流され、「大きな観念上の枠組みが持てない」ことになる、というのです。簡単に言えば、決まり文句に毒され、自分の頭で考えなくなってしまう、ということです(身近な一例を挙げれば、「アベノミクス」というフレーズが繰り返されることで、あたかもアベノミクスが存在するように思ってしまい、誰もその内実や成果を問わなくなる)。

 これは恐ろしい話です。暴君に反論するために、暴君の「決まり文句」を口にすれば、それが「市に虎あり」のごとく、むしろ事実として蔓延してしまうということです。本当は虎などいないのに!

 スナイダーは答えを用意しています。いわく、読書をせよ。それが、「自分の言葉=自分の考え」を持つ手立てである、と。2018年、さあ、みんなで本を読みましょう。この世を乗りきるために。



本を読む

『戦国策 3』(劉向編 常石茂訳)
今週のカルテ
ジャンル歴史/政経
時代 ・ 舞台紀元前400年代~200年代の中国
読後に一言「戦国策」は今回で最終回。いやあ、勉強になりました。長続きはしませんが……。
効用〈隗より始めよ〉の逸話も本書収録。凡庸な私(=隗)を重く用いれば、自分より優れた士が自然と集まってくる、という話。転じて〈大事業をするには、まず身近なことから〉(デジタル大辞泉)
印象深い一節

名言
薪をかかえて火を消そうとする(337 薪を抱きて火を救ふ(〈薪を抱いて、火を消そうと火元に近づく。害を除こうとして、かえって害を大きくすることのたとえ〉「デジタル大辞泉」))
類書古代中国の思想研究『古代中国研究』(東洋文庫493)
編者劉向が著した紀元前の中国女性の列伝『列女伝(全3巻)』(東洋文庫686ほか)
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