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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 652

『講談落語今昔譚』(関根黙庵著 山本進校注)

2018/03/29
アイコン画像    4月1日は、言文一致体の扉を開いた
落語家・三遊亭円朝の生まれた日。

 4月1日といえば、エイプリルフール。〈嘘をついても許される日〉であり、〈日本では「四月馬鹿」「万愚節」〉とも呼ばれますが、その日本には〈大正時代に伝わ〉ったそうです(ジャパンナレッジ「平成ニッポン生活便利帳」)。だからこの日は、政治家や官僚のように嘘をついてもいいんです……ってそんな話じゃありません。

 4月1日といえば、〈怪談噺、芝居噺、人情噺、落し噺など江戸落語を集大成し、近代落語発展への道を開いた〉(同「ニッポニカ」)と評価される、三遊亭円朝(圓朝/1839~1900)の誕生日なのです!(新暦に直すと5月13日ですが……)


 さて円朝の名を聞いて、何を思い出すでしょうか。文学史的には、これが最も大きな業績でしょう。


 〈速記術普及のため刊行した『怪談牡丹燈籠』が言文一致体小説の文体に影響を与えた〉(同「国史大辞典」)


 ご存じでしたか? 「言文一致といえば、二葉亭四迷の『浮雲』でしょ?」と思われるかもしれませんが、実はこの小説は、〈三遊亭円朝にならった言文一致体の試み〉(同「世界大百科事典」、「浮雲」の項)で書かれていたのです。

 本書『講談落語今昔譚』は、明治、大正時代の演劇評論家の関根黙庵(1863~1923)が、自らが見聞きしたエピソードを盛り込んだ落語・講談の通史です。で、本書では一章を割いて、円朝を取り上げています。


 〈若い時から才気もあり又覇気もあり、いや味もあったのだが、このいや味が一種の人気となって……〉


 という人物だったようですが、速記術のくだりもありました。突然、洋装の紳士が円朝宅を訪れ、一編の筆記を差し出し、円朝の落語を「速記術で記した」と言う。


 〈今に議会でも初まると、最も必要な技術であるから、どうかしてこれを拡めたい〉


 だから落語・講談を速記すれば世に広まる、と考えているのだと言います。円朝は〈一々感服して〉協力を快諾。で、明治17、18年頃、第1弾として「牡丹燈籠」が出版されたという次第。そしてこれが四迷のもとへ。一紳士の「速記術を広めたい」という熱意が、なんと「言文一致」にまで繋がってしまったのです。もちろん、〈圓朝は話術の名人であると同時に、創作に就ても、非凡の力を有(も)っていた〉からにほかなりません。

 というわけで、来たる4月1日は、言文一致体の扉を開いた三遊亭円朝の生まれた日、と覚えましょう。エイプリルフールといえども、嘘には飽き飽きしましたから。



本を読む

『講談落語今昔譚』(関根黙庵著 山本進校注)
今週のカルテ
ジャンル芸能/評論
刊行年 ・ 舞台1924年刊行/日本
読後に一言円朝がいなければ、言文一致体の誕生が遅れていたのかもしれない、と考えると感慨深いものがあります。
効用庶民の「娯楽」を初めて本格的に評論した、という意義深い書です。嚆矢としてたびたび後の研究書にも引用される名著です。
印象深い一節

名言
時代は人物を生むが、人物もまた時代を作るもので、卓絶した圓朝の出現は、落語界興隆の気運を促し、三遊派も盛れば、柳派も賑わって、寄席には幾多の上手も大家も輩出した(「その九 圓朝と燕枝のはなし」)
類書落語家や講談師のエピソードも収録する『明治東京逸聞史(全2巻)』(東洋文庫135、142)
「怪談牡丹燈籠」の元になった作品を収録する仮名草子『伽婢子(全2巻)』(東洋文庫475、480)
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