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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 155

『康熙帝伝』(ブーヴェ著 後藤末雄訳 矢沢利彦校注)

2018/04/05
アイコン画像    忖度すら許さなかった!?
中国史上屈指の名君とは。

 「康熙帝(こうきてい)」と聞いて、中国好き、世界史好き以外は「誰それ?」となるかもしれませんが(恥ずかしながら私もそのひとり)、『康熙帝伝』を読んでビックリ、ジャパンナレッジで検索してビックリ、と二度の驚きを味わってしまいました。

 ざっくり説明すると、康熙帝(1654~1722)は、〈中国、清朝の第4代皇帝〉です。〈国土を拡張〉しただけでなく、〈清朝全盛期の基礎を固めた〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)名君です。貧困対策にも力を入れました。ゆえに、


 〈康煕帝は中国史上屈指の名君と称され、六十一年にわたる長い治世の間、みずから学問を好み政治に励んだ〉(同「国史大辞典」、「清」の項)


と後世、評されることになります。

 で、『康熙帝伝』は、1600年代後半に清朝を訪れたフランス人宣教師ブーヴェによるレポートで、〈太陽王〉と呼ばれた〈フランス絶対王政最盛期の国王〉(同「世界大百科事典」)、ルイ14世への報告書となっています。

 康熙帝は、〈イエズス会宣教師を通じて西洋の学問を吸収〉(同「ニッポニカ」)したことでも知られていますが、その知の供給先のひとりがブーヴェだったのです。

 ブーヴェの報告書の目的のひとつは、ルイ14世から多額の布教費用を引き出すことですので、中国布教の肝というべき康熙帝を絶賛するのですが、それを差し引いても、康熙帝の名君ぶりは際立っています。


 基本的スタンスはこうです。


 〈歓んで犬馬の労に服し、必要な場合には粉骨砕身する人々を御覧になると、その人達に特寵を賜わる〉

 〈安楽の追求に執着し過ぎる人々を御覧になると、必ず彼等をたしなめられる〉


  皇帝は、人々が(特に有力者の子息が)〈懦弱と奢侈に陥ること〉を極端に恐れ、有力者の子息を選り好んで、最も辛い役目を負わせたんだそうです。オトモダチを優遇するのではなく、むしろ、厳しく当たったんですね。もちろん自らも襟を正し、〈質実剛健な生活〉を心掛けました。官僚の不正や腐敗も許しません。ゆえに、こんなことも徹底していました。


 〈皇帝に近づけば近づくほど、皇帝の意図を窺うことが出来ないと悟るほど、皇帝は意中を隠されて他人の忖度を許されません〉


 なんと忖度をさせないように気を配っていた、というのです。こういうトップを名君というのでしょうね。



本を読む

『康熙帝伝』(ブーヴェ著 後藤末雄訳 矢沢利彦校注)
今週のカルテ
ジャンル記録/宗教
時代 ・ 舞台中国(17世紀後半の清)
読後に一言康熙帝の学問に対する好奇心は只者ではありません。夜遅くまで幾何学にこうじ、朝早くから宣教師を呼びつけて疑問をぶつけていた、という記述に笑ってしまいました。
効用康熙帝の2代あとの皇帝・乾隆帝の時代になると、やがて官僚の腐敗が始まり、清朝は衰退していきます。ゆえにいっそう、康熙帝の賢帝ぶりが際立ちます。
印象深い一節

名言
康熙帝は懦弱な生活を極端に憎まれ、労苦を愛されて、如何なる場合にも骨身を惜しまれません。
類書フランス人宣教師の布教報告書『イエズス会士中国書簡集 1 康熙編』(東洋文庫175)
中国のフランスへの影響『中国思想のフランス西漸(全2巻)』(東洋文庫144、148)
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