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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 138

『夢酔独言他』 (勝小吉著、勝部真長編)

2010/07/01
アイコン画像    勝海舟の"不良親父"が、子孫への反面教師とするべく自身の暴走人生を書きなぐる。

 NHKの大河ドラマでもおなじみ、坂本龍馬は、日本人が愛してやまない偉人だが(08年「日本人の好きなもの」第3位/NHK放送文化研究所)、彼はオリジナルな考えを持っていたというよりはむしろ、多くの人から影響を受け、それを自分のものとした人物である。河田小龍、横井小楠、大久保一翁、松平春嶽……といった知識人たちの思想や思考を上手に取り入れ、その人たちを乗り越えていった。中でも、最も影響を与えた人物はといえば、誰もが勝海舟を挙げるだろう。

 ここからが本題。では勝海舟を、あれほどの大人物たらしめたのは誰か? ここで、この男の登場である。勝小吉。海舟の父親である。ジャパンナレッジの「日本人名大辞典」いわく、

 〈勝惟寅(これとら) 1802‐1850 江戸時代後期の武士。享和2年生まれ。勝海舟の父。幕臣。文化5年勝家の養子となる。無役のため、市井の人としてすごし、37歳で隠居した。嘉永3年9月4日死去。49歳。江戸出身。本姓は男谷。通称は小吉、左衛門太郎。号は夢酔。著作に「夢酔独言」。【格言など】一生不勤にて朽ちける事、子孫に面目なき事いわん方なし、ああ恥かしきかな(「平子竜先生遺事」)〉

 格言まで載せてもらう大層な扱いだが、よく読めば、「無役」で「37歳で隠居」と、何をなしたわけではない。「勝海舟の父」であったというだけなのである。

 いや『夢酔独言』という著書を遺したじゃないか、という意見もあるだろう。確かに、坂口安吾は『堕落論』で「精神の高さ個性の深さがある」と絶賛した。

 しかしこれは安吾一流の物言いで、実際の中身はといえば、のっけから〈おれほどの馬鹿な者は世の中にもあんまり有るまいとおもふ。(中略)不法もの、馬鹿者のいましめにするがいゝぜ〉と回想が始まる。以後、5歳から喧嘩三昧。数十人相手の大立ち回りは当たり前で出奔は2度。公金200両を盗んで吉原で豪遊したこともあった。結婚後も悪さは収まらず、息子の海舟に家督を譲った後にも座敷牢に押し込まれている。札付きのワルだ。

 そんな男が42にして筆を執った。自分のことを大馬鹿者だと思っているから、まったく自分を飾らない。自伝にありがちな美談や自己陶酔もない。そればかりが、〈今は書くにも気がはづかしい〉と正直なのである。

 で、『夢酔独言』を締めくくる決め台詞。

 〈男たるものは決而(けっして)おれが真似お(を)ばしなゐがいゝ〉

 オレのようになるな、といえる父親だったからこそ、親を乗り越える大人物が誕生したとはいえまいか。

本を読む

『夢酔独言他』 (勝小吉著、勝部真長編)
今週のカルテ
ジャンル自伝/エッセイ
時代 ・ 舞台幕末の江戸
読後に一言「いい親」とは何だろう?
効用子育てに悩んでいる親に。こんな破天荒な親でもいい子は育つんです。
印象深い一節

名言
男たるものは決而(けっして)おれが真似お(を)ばしなゐがいゝ。
類書幕末生まれの奇人『梵雲庵雑話』(東洋文庫658)
次代へのメッセージ『家訓集』(東洋文庫687)
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