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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 27

『東遊雑記 奥羽・松前巡見私記』(古川古松軒、大藤時彦解説)

2011/03/17
アイコン画像    江戸時代の地理学者が自らの目で見た東北とは? 松島の絶景が蘇る旅の記憶=記録。

 “記憶”にまさるメディアはないなあ、とこのところ強く思う。いくらパソコンに残そうとアクセスできなければ意味をなさない。そして“記憶”ならば、いつでもどこでも再生可能なのだ。いい記憶にすり替えることだってできる。意図的に忘れることだってできる。

 でも“いい記憶”は人に伝えたい。だから書く。発信する。私たちはそうした“いい記憶”を享受し、その人の感じた幸せを分けてもらう。

 本書『東遊雑記』は、〈少年期から地理学に親しみ、各地を旅行し、生涯を通じて全国を歩いた〉という〈江戸中期の地理学者〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)、古川古松軒(こしょうけん)による旅の記録である。彼は、天明の飢饉後の東北地方から蝦夷地を見聞し、記録に残した。行きは、奥州街道・羽州街道を北上し松前へ。帰りははじめ、奥州街道を南下するが、途中気仙沼から小名浜あたりの太平洋岸も辿っている。


 日本三景のひとつ、宮城の松島のくだり。


 〈それ松島は天下無双の勝景にして、誠に神仙遊戯の蓬莱山、大唐の西湖というも及びがたき境地なり。海面大いに開けたるに、数百の島じま散在せる景色、さながら落葉の浮かめるごとく……〉


 〈およそ諸国の景地、絵に写す時は、その地よりも一入(ひとしお)勝れて見ゆるものなり。しかるにこの松島は、たとい探幽・雪舟の再来して写すとも、写し得ること難かるべし〉


 天下の狩野探幽や雪舟でも、この松島の景色は写せないだろう、というのだ。古松軒が〈天下無双の勝景〉というその興奮が伝わってくる。

 あるいは気仙沼のくだり。


 〈気仙沼という所も入海にして、三百余軒の町にて大概の所なり。風景もありて、洞の弁天と称しておもしろき洞穴図のごとし〉


 こちらは洞穴をスケッチするほど、興味津々だ。

 〈百聞一見に及ばず〉と、自らの目で各地を見つめた古松軒だが、彼の“記憶”が、“記録”を通して、私たちの中に入ってくる。“いい記憶”で満たされるのだ。

 そしてこの古松軒の見た松島は、永遠に残る。記録として、という意味だけではない。これを読んだ私たちの中に、記憶として残るのだ。いつでも取り出し可能なメディアとして。私たちの記憶の中で、松島も気仙沼も、変わらぬ姿で永遠に存在しているのである。

本を読む

『東遊雑記 奥羽・松前巡見私記』(古川古松軒、大藤時彦解説)
今週のカルテ
ジャンル紀行
時代 ・ 舞台江戸時代中期の日本(東北地方)
読後に一言わたしは記憶したい。
効用詳細な描写ゆえ、江戸時代の東北地方の姿が、頭の中にイメージできます。
印象深い一節

名言
予弱冠のころよりあまねく地理を好んで、遠く他邦に遊びて名勝の跡を尋ね、山水のうるわしきを見て塵世の濁りをすましむ。あるいはいいしらぬ異境に行きて奇峯の翹々(ぎょうぎょう)たるに目を歓ばしめ、あるいは遠く辺土を極めて蒼海の浩々たるに心をすませり。
類書信州から東北・北海道までを巡歴した記録『菅江真澄遊覧記(全5巻)』(東洋文庫54,68,82,99,119)
東北、北海道地方を旅した記録『日本奥地紀行』(東洋文庫240)
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