1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
30余年かけて完成させた労作 日本初の図入り百科事典とは |
東洋文庫には『今昔物語集』や『アラビアン・ナイト』、一連の『甲子夜話』など、10数巻におよぶシリーズが収録されています。その中でも、18巻におよぶ大著が『和漢三才図会』です。
端的にいうと同書は、〈江戸時代の図入り百科事典〉で、全部で〈105巻81冊〉。〈大坂の医師寺島良安〉が〈30余年の歳月〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)をかけて完成させました。〈その明解、正確さによって発行から約200年間、明治時代に至るまで広く実用された〉(同「ニッポニカ」)といいますから、事典として初のベストセラーかもしれません。
事典を書評されても……と思いますよね? 私もそう思ってずっと手つかずだったのですが、意を決して紐解いてみたところ……あらら? これが読み物としても面白い。すっかり読みふけってしまいました。
たとえば、「巻第一」の冒頭の「天」の説明。
〈天は理であり、気である。遠くから視(み)れば蒼蒼(あおあお)としているので、蒼天という。(中略)宇宙の根元の一太極が分離して、清く軽いものはのぼって天となった〉
中国の五行の考え方から「天」を規定しつつ、清代の天文学書『天経或問』――西洋天文学の知識も収録する当時最新の天文学書──も引用するなど、さまざまな資料を駆使しながら、丁寧な説明を心掛けています。何が面白いって、1700年代初頭の知識人のものの見方、捉え方が、ここに見事に出ているのです。
あるいは「風」の説明。
〈天地の気は、吐き出すと雲となり、溜息(ためいき)すると風となる〉
さらに関連する和歌を引用(本書の特色のひとつです)。
〈〔古今〕秋来ぬとめにはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる〉
季節ごとの日の出日の入りの刻や、天気のことわざなどの実用的な記載もあり、〈明治時代に至るまで広く実用された〉のが頷けます。
本書は、〈和漢古今の万物を天・地・人三才に分け〉(同「日本国語大辞典」)ているので「三才図会」という題名なのですが、この『和漢三才図会 1』は丸ごと「天」の巻。占いや暦、厄年などの項目も「天」に収録されており、当時の人のスタンスもここから垣間見えます。
個人的には、「厄年」の説明で、〈根拠はわからない〉とあったのに笑いました。この時からすでに、厄年は根拠なき迷信だったようです。
ジャンル | 事典 |
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刊行時期 | 江戸時代中期 |
読後に一言 | 実はこの連載、これで400回目を超えました。それを勝手に記念して大著を取り上げた次第。今後も不定期で『和漢三才図会』の続刊を紹介していきます。 |
効用 | 原文は漢文ですが、本書は、わかりやすい現代語に訳されており、読んでも見ても楽しい事典になっています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 嗚呼(ああ)、文は杜撰(ずさん)、事の目論(もくろみ)も全く不十分なため、人々からそしり笑われるにちがいない。とはいうものの、夜遊登渉の輩に比すればましといえるであろうか(「自叙」) |
類書 | 同時代の風俗事典『人倫訓蒙図彙』(東洋文庫519) 本書に影響を受けた南方熊楠の論考・随筆・書簡集『南方熊楠文集(全2巻)』(東洋文庫352、354) |
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(2024年5月時点)