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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『入唐求法巡礼行記 2』(円仁著 足立喜六訳注 塩入良道補注)

2018/05/24
   組織の存続が問われる三代目の力量!?
天台宗発展の影に円仁あり

 〈売家と唐様で書く三代目〉

 という川柳があります。初代が必死で築いた財も三代目になると持ち崩し、とうとう家を売りに出すことに。で、家に掲げられた「売家」という文字が、〈唐様で、しゃれている〉。ようは、〈遊芸におぼれて商売をるすにした生活がしのばれる〉というわけでして(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)。

 他にも、〈長者三代〉、〈大名の三代目〉……と、三代目は愚か者を象徴する言葉です(そういえば、北朝鮮も日本もトップは三代目……)。

 本書著者の円仁は、延暦寺3代座主です。そう、魔の“三代目”。宗教を商家とゴッチャにするなと怒られそうですが、円仁は、〈名実ともに日本天台宗を大成した〉(同「ニッポニカ」)と後世、評価されています。三代目だったからこそ、天台宗の今がある、と逆説的に言えそうな気がするのですがいかがでしょうか。諺で言うなら、「三代続けば末代続く」というやつです。

 では、円仁のどこが優れているのか。

 円仁は最後の遣唐使として唐で仏教を修めますが、彼が学びの場として選んだのは、当時の最先端都市・長安。ここには、優れた僧が集まっていました。

 その僧のひとり、青竜寺の義真和尚に宛てた手紙が、円仁をよくあらわしています。


 〈円仁は法の為に遠く来たりて和尚に遇い、求めて胎蔵大法を学ぶを喜ぶ。(中略)伏して願わくば弘(ひろ)く仏法を伝えて有情を利益せんことを〉


 円仁の「学びたい」という熱い思いが伝わってきます。

 円仁は義真和尚らから、空海や、師の最澄すら学んでいない「蘇悉地大法」(そしつじたいほう:密教の秘法)などを習得します。さらに絵師に金剛界曼陀羅を描かせるのですが、夢に師が出てきます。師の最澄はことのほかこの曼陀羅図を喜び、円仁が師を礼拝しようとすると、それを止め、こう言います。


 〈我敢(あ)えて汝の礼拝を受けず。我をして汝を拝せしめよ〉


 お前の礼拝などいらない。お礼をしたいのはこっちだ、ということでしょう。夢とはいえ、どれほど円仁は嬉しかったでしょうか。

 円仁は、大小さまざまなトラブルに巻き込まれながらも、847年9月に帰国します。9年ぶりの日本でした。その後、円仁は延暦寺3代座主となりました。そして71年の生涯を全うしたのち、朝廷より「慈覚大師」の諡号を贈られます。円仁なくして天台宗、いや仏教の発展はなかったかもしれません。すごい三代目です。



今週のカルテ

ジャンル紀行/宗教
時代 ・ 舞台800年代の中国・唐
読後に一言円仁は禅や念仏も中国で学んできました。のちに道元や法然が延暦寺で学び、それぞれ禅宗(曹洞宗)や念仏宗(浄土宗)を開いたことを考えれば、円仁の偉業はもっと称えられるべきなのでしょう。
効用「五台山」を巡る記述は、優れた紀行文でもあります(下記の名言参照)。また、唐の15代皇帝・武宗による廃仏という暴挙に関しても詳しく描かれ、貴重な資料となっています。
印象深い一節

名言
奇花、異色は山に満ちて西は開き、谷より頂に至る。四面は皆花にして、猶(なお)錦を舗(し)けるが如し。
類書戦時中の中国の仏教聖地の様子『五台山』(東洋文庫593)
中国統一国家、隋・唐の歴史『隋唐帝国五代史』(東洋文庫587)
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