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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 456

『和漢三才図会3』(寺島良安著 島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳訳注)

2018/05/31
アイコン画像    万葉集の時代の恋の迷信が
1000年経っても信じられていた!

 〈江戸時代の図入り百科事典〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)である『和漢三才図会』は、〈大坂の医師〉(同前)の寺島良安が編著者ということもあって、たいへん「人体」に詳しいのが特徴です。特に、当巻『和漢三才図会3』には、人体の図が多数掲載されており、ツボなど鍼灸の術が紹介されています。鍼灸の世界では、いまだに本書が重宝されているようです。さすが良安先生です。

 一方で、“本”としての『和漢三才図会』の面白さは、その当時、「そう信じられている」ことを掲載していることです。必ずしもすべてが真実とは限らない。信じられている=その社会にとっての事実、なのです。

 たとえば、「髪の毛」に関する迷信。


(1)〈逃走する人の髪を取り、緯車(いとぐるま)の上において、逆に車を廻せば、迷乱(まよう)してどちらへも逃げて行くことができない〉

(2)〈生きている人の髪を果樹の上に掛ければ、烏鳥(からす)が来て果実を食べるようなことはしない〉

(3)〈人間の髪は化して鱓魚(うみへび)となる。また髪を土中に埋めれば千年は朽ちず〉

(4)〈誤って髪を食べて腹に入れれば変じて癥(ちょう)虫となる〉


 で、〈これみな神化の応験(しるし)である〉と、大真面目で断言するのです。

 そんな迷信をもうひとつ。


 〈左の眉稜骨が痒(かゆ)いときは恋人に逢える兆(うらかた)である〉


 恋しい人に会いたくてたまらない。そんな時に左の眉が痒くなる。それは会える前兆である。ってそんなことあるかい! とツッコミたくなりますが、これ、随分昔から信じられていたようです。当巻では鎌倉後期の私撰和歌集「夫木(ふぼく)和歌抄」の和歌を引用します。


 〈希(ま)れに見ん君を見んとぞ左手の弓取るかたの眉ねかきつる〉


 調べてみると、「万葉集」に同様の和歌があります。


 〈めづらしき 君を見とこそ 左手の 弓取る方(かた)の 眉根(まよね)掻(か)きつれ〉(同「日本古典文学全集」)


 おそらく同じ歌でしょう。滅多に会えない恋人に会いたくて、左手の弓を持つほうの眉を掻いてみた……。

 万葉の昔から伝わる迷信が1000年後も信じられていた。この不思議さに、唸ってしまうのです。



本を読む

『和漢三才図会3』(寺島良安著 島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳訳注)
今週のカルテ
ジャンル事典
刊行時期江戸時代中期
読後に一言当巻では、〈身体は人間で首は狗(いぬ)〉の人々が住む「狗国」や、羽の生えた人々が住む「羽民国」など、想像上の国も数多く紹介されています。
効用当巻には、しゃっくりの止め方も載ってました。しゃっくりの止まらぬ人に向かい、叱るように「お前はこっそり物を食べたな!」と言えば、驚いて止まるのだそうです。
印象深い一節

名言
気はすべて肺に属する。血はすべて心に属する。脈はすべて目に属する。髄はすべて脳に属する。筋はすべて節に属する。(「巻 第十一」)
類書本書でも引用される怪異小説集『捜神記』(東洋文庫10)
中国のアヤシイ物語集『唐代伝奇集(全2巻)』(東洋文庫2、16)
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