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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 458

『和漢三才図会 4』(寺島良安著 島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳訳注)

2018/06/21
アイコン画像    “心が正しくなければ災がある”
名言で見えてきた政教分離の歴史

 ジャパンナレッジは「読み物」として捉えると、名言の宝庫です。辞書の引用や事典の解説に、「おおっ」と唸らされることたびたびです。いつの日か「ジャパンナレッジの名言」なんてコーナーをやってみたいものですが……。

 本書『和漢三才図会 4』も「事典」ではありますが、その中に「おおっ」という名言を見つけました。


 〈大田田根子命(おおたたねこのみこと)〔事代主命の九代の孫〕は次のようにいう。祟には五つある〔災・病・貧・放・夭である〕。心が正しくなければ災がある。心が真直でなければ病気になる。心が清くなければ貧乏になる。心が明(あきらか)でなければ放逐される。四徳を失えば夭死(わかじに)する、と〉


 なるほどねぇと感嘆しているばかりでは、能がないので、ジャパンナレッジの「日本人名大辞典」で「大田田根子」を調べてみます。


 〈崇神(すじん)天皇の代に疫病や災害がつづいたとき,天皇の夢にあらわれた大和(奈良県)の三輪山の大物主神のお告げにより大神(おおみわ)神社の神主となる。その結果,疫病がやんだといわれる〉


 大田田根子は伝説上の人物ですが、〈人と話をするのと同じように神と語った〉(『和漢三才図会1』)と言われています。

 この三輪山のエピソードは有名ですが、ここで登場する崇神天皇は、伊勢神宮の創始にも絡んできます。国に蔓延した疫病を絶つため、それまで皇居で祀っていた天照大神を外に出します(伊勢に落ち着いたのは次代です)。これにより〈祭政の癒着が廃されて,天皇の政治力に宗教からの相対的な独立性と展開力とをもたらした〉(「世界大百科事典」)わけです。いわば王権と宗教を分け、天皇制を安定させたのです(疫病のたびに天皇のせいにされるのでは、政権は持ちません)。こうした諸々のことから、崇神天皇を「事実上の初代の王者であるとみなす説」(「国史大辞典」)もあります。

 さて崇神天皇の置かれた立場から、冒頭の大田田根子の名言を見てみると、別の意味もみえてきます。大田田根子の言葉は、天災や疾病を、自己責任だと言っていることにほかなりません。天皇のせいじゃないよ、あなたの日頃のおこないのせいだよ、と。

 では天皇は何をするのか。そう、政治です。本書に、こんな言葉が出て来ます。


 〈政は不正を正すためのもの。(中略)また、法で人を正すのを政といい、道によって人を誨(おし)えるのを教という〉


 わかりやすい「政教分離」の概念です。大田田根子の名言から読み解く(?)政教分離の歴史でした。



本を読む

『和漢三才図会 4』(寺島良安著 島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳訳注)
今週のカルテ
ジャンル事典
刊行時期江戸時代中期
読後に一言〈神宮の創始と国津神の統合,それによる王権の確立という時期は実年代ではかなり下るものと思われる〉(「世界大百科事典」)のだそうですが、〈もろもろの制度や文物をつくり出した王〉(同前)と語り伝えられた崇神天皇は、日本史のキーパーソンといえそうです。
効用本書は、「技芸」にはじまり、「楽器」や「兵器」など、政治に関係の深い「道具」を中心にした巻です。
印象深い一節

名言
芸の体よみ書き算用しつけ方弓と鳴り物馬に乗(のる)わざ(「巻 第十五」)
類書崇神天皇も登場『増訂 日本神話伝説の研究(全2巻)』(東洋文庫241、253)
崇神天皇の代の疫病も解説する『日本疾病史』(東洋文庫133)
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