1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
ふるさとへの思いが溢れる 江戸末期の「佐渡島版徒然草」 |
最初に本書のタイトルを目にした時、「島根県はすさんでいるの?」と思ってしまった私は、学の無さを露呈しています(苦笑)。副題の「佐渡奉行在勤日記」からわかる通り、島根とは何の関係もありません。「島根」とは単に〈島〉のことで、〈「ね」は接尾語〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)。「すさみ」とは「すさび(荒び・遊び)」ともいい、〈心がある方向にどんどん進むこと〉〈気の向くままに行うこと〉(同「全文全訳古語辞典」)なんだそうです。語誌としては〈自然の勢いや成りゆきに任せる〉(同「日本国語大辞典」)の意で、そこから派生して「ひどくなる」「荒れる」「心のおもむくまま」という用例に繋がっていきました。……勉強になります。
つまり本書は、“佐渡島版徒然草”。著者・川路聖謨(かわじ・としあきら/1801~68)は幕末の能吏。〈佐渡奉行、普請奉行、大坂町奉行、勘定奉行、外国奉行などを歴任、名声を博〉しました(同「日本国語大辞典」)。
この川路、〈小心でなくては大事はできない〉(同「日本人名大辞典」)という言葉を残しているのですが、本書を見ると確かに細かい。およそ1年間の佐渡生活を1日も欠かすことなく日記にしたためているのです。天気はもちろん、〈わた入〉(布団)の枚数まで記します。
江戸に残す母親を楽しませるために書いた日記なので、勤務に関する話題より、食事や日常生活の話題、付随して心情描写が多いのですが、これがなかなか読ませます。
〈佐渡に三年も居り候(そうろう)こゝろに成り、今日かぞえみれば、いまだ百日にはならず〉
望郷の念で溢れています。
川路にとっては十五夜の名月も郷愁を誘うのです。
〈何くれと忘れしこともおもい出て/月の光に袖ぞ露けき〉
いよいよ帰国の時、心はすでに江戸にあります。
〈うれしくぞかわらぬみどり故(ふる)さとの/こゝろを庭のまつにみる哉〉
故郷への思慕は、松の緑のように変わらぬ、ということなのでしょう。
この間、川路は一揆がおきた後の佐渡を立て直すなど、佐渡奉行として成果をあげるのですが、一方で、毎日日記に本音を吐露することで、心を整えていたのでしょう。
不特定多数に読まれるSNSは心がすさむことが多いような気がしますが、特定の人へ書くという行為は、心を落ち着かせるのかもしれませんね。
ジャンル | 日記/記録 |
---|---|
時代 ・ 舞台 | 1800年代半ば/佐渡島 |
読後に一言 | 下に紹介した名言は、川路が説く部下や年下へのアプローチの仕方。……勉強になります。 |
効用 | 佐渡の金山の様子や佐渡の風習なども紹介されており、当時の佐渡を知ることができます。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 人の上たるもの、下のものよりこと聞かんには、いかにも色を柔らげて、ものいゝよくして聞くべきこと也。 |
類書 | 著者のロシア使節との交渉日記『長崎日記・下田日記』(東洋文庫124) 著者晩年の英国留学中の孫にあてた通信日記『東洋金鴻』(東洋文庫343) |
ジャパンナレッジは約1900冊以上(総額850万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
(2024年5月時点)