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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 661

『中国人の宗教』(マルセル・グラネ著 栗本一男訳)

2018/07/19
アイコン画像    7月26日は「幽霊の日」
中国と日本の幽霊の違いって?

 来週7月26日は何の日かご存じでしょうか? 実はなんと、「幽霊の日」なんです。文政8年(1825)7月26日に鶴屋南北の『東海道四谷怪談』が江戸・中村座で初演されたことに由来する記念日だそうです。

 

 「幽霊」とは? 〈死者の亡霊がこの世に現れるもの〉(ジャパンナレッジ『ニッポニカ』)というのは共通認識ですし、日本に限らず、〈ほとんどすべての文化や社会で霊の存在は確信されて〉(同『国史大辞典』)います。

 たいていの日本の文化は、お隣・中国の影響を受けていますので、幽霊もそうではないかと当たりをつけて調べてみると……。見つけたのが本書『中国人の宗教』です。著者のマルセル・グラネ(1884~1940)はフランスの中国研究家で、社会学の手法で分析しています。本書の中に、1920年代の当時の中国を分析した記述があります。


 〈ある種の新聞を読むかぎりでは、ある地区に祟りをする幽鬼が警察を煩わしたりする話、幽霊屋敷の話や、怪しげな存在や、物の怪の乗り移った物体の話などが日常的な記事のテーマになっていて、この俗信は今も生きているように思われる〉


 幽霊は当たり前のように「現実に起こったこと」として受け入れられています。で、著者はこう問いかけます。


 〈中国人は神より鬼の方をより深く信じているのであろうか〉


 中国のいう「鬼(き)」とは、〈人の亡霊を指す〉(同『全文全訳古語辞典』)言葉です。〈祀られざる死者の霊〉が〈この世をうろついて禍の原因となる〉(同『国史大辞典』)のだそうです。では目の前に、鬼=幽霊が出現したら?

 中国社会を観察した著者は、中国人が何に対しても「驚かないこと」に着目します。〈聖なる力が錯綜している世界〉に住む彼ら中国人は、たとえば文明の発達によって飛行機が飛ぶようになっても驚かない。なぜなら幽霊や仙人は当たり前のように飛ぶからです。つまり目の前で起こったことを、疑問を抱かずにそのまま受け入れてしまう。これが中国人の宗教観=世界観であり、ゆえに幽霊も怖い存在ではないのです。

 では日本は? 歌舞伎や謡曲、講談にしてきた歴史をみると、積極的に幽霊を楽しんでいるフシがあります。本気で恐れる西洋、受け入れる中国、楽しむ日本……。なるほど、〈その文化の在り方がその(幽霊)姿の基盤を提供する〉(『国史大辞典』)ということなのでしょう。



本を読む

『中国人の宗教』(マルセル・グラネ著 栗本一男訳)
今週のカルテ
ジャンル宗教/評論
刊行年1922年
読後に一言ちなみに、〈幽霊には足がないとされているが、これは円山(まるやま)応挙の絵が有名になったためでもあり、古くは足があった〉(同『ニッポニカ』)んだそうです。
効用文庫クセジュにラインナップされていても違和感のない内容です。歴史の流れを踏まえながらの宗教社会学としての切り口は、いまなお新しさを感じます。
印象深い一節

名言
聖職者もなく宗教的教義も全く重要性をもたず社会への順応と道徳的な現実主義を中心にしたこの宗教(儒教)は興味深いものであり、この書で多くの頁を割くことは当を得たことであろう(「序文」)
類書幽霊も登場する中国の説話『捜神記』(東洋文庫10)
仏人宣教師が見た中国『イエズス会士中国書簡集(全6巻)』(東洋文庫175ほか)
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