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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 295

『江戸繁昌記 3』(寺門静軒著 朝倉治彦、安藤菊二校注)

2018/08/09
アイコン画像    揶揄しまくって権力から嫌われた男
ハナツマミ者・静軒、ここにあり!

 3回連続でお送りしてきた『江戸繁昌記』シリーズもこれでおしまい。もう少しお付き合いくださいませ。

 さて著者の寺門静軒、『江戸繁昌記』で毒を吐きまくっているのですが、これには理由があります。静軒は水戸藩の出で仕官を願っていたのですが、うまくいかない。学問で身を立てようものにも、出世するのは自己PRのうまいインチキ学者ばかり。そこで静軒は筆をとったのでした。

 現代でも、政権に対して真実を口にすると、「売国奴」だの「反日」だのと罵詈雑言を浴びせられますが、化政期の江戸も同じ。静軒は『江戸繁昌記』で、〈隠すところなく述べたため、天保の改革において風俗取締上好ましくない書物として発禁処分をうけ〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)てしまうのです。それでも、〈懲りずに3編以下を刊行したため、天保の改革(1841~43)にあたって作者はついに武家奉公御構いの処分を受け〉(「ニッポニカ」)ます。「奉公構」とは、武士としての就職を禁ずる重い処分で、静軒は江戸にいられなくなります。

 静軒は本書の中で、吉原の遊郭での〈時言(ハヤリコトバ)〉を紹介しているのですが、これが静軒らしい。恋=〈落(おち)〉、好く=〈大すき(ダイスキ)〉、客が女から怨まれること=〈鼻撮(ハナツマミ)〉……と並べたあとに、自虐のことばを続けるのです。


 〈予も亦落儒、何をか恋ふ、聖人を恋ふ。何をか好む、読書を好む……〉


 自分もまた落ちぶれた儒者であり、聖人や読書を愛してやまない。しかし貧乏なのでフンドシまで質に入れる有様で、聖人にも近づけず書の意味も定かでない。


 〈国に避られ、俗に忌(いま)る。亦鼻撮のみ、亦(また)鼻撮のみ。噫々(ああ)〉


 幕府からは避けられ、世間からは嫌われる。いわば自分こそハナツマミであると……。静軒の嘆息が聞こえてきそうな自虐です。で、幕府のハナツマミ者として実際、江戸を追われてしまったわけですが。

 さらに静軒を調べていて驚きました。「熊谷デジタルミュージアム」(http://www.kumagaya-bunkazai.jp)に静軒のコーナーがあるのですが、それを見ると静軒が没したのは、私の実家から徒歩で数分の場所。独り善がりの感動ですが「ああ、あそこで……」と胸が熱くなりました。

 時の権力を揶揄した静軒は、歴史に名を残しました。では権力に追随・忖度した連中は? もちろん、時代のあだ花、散っておしまい、誰も顧みることはありません。



本を読む

『江戸繁昌記 3』(寺門静軒著 朝倉治彦、安藤菊二校注)
今週のカルテ
ジャンル風俗/文学
時代 ・ 舞台1830年代、天保期の江戸
読後に一言吉原が火災などでダメになり、仮の場所で営業することを「仮宅」というそうですが、その賑わいのすごいこと!(四篇「仮宅」) 本巻のいちばんの盛り上がりです。
効用千住や品川、深川など、街の賑わいも描かれています。
印象深い一節

名言
茶店にて。80歳を優に超える老婆に武士が元気の秘訣を尋ねると、老婆は「色欲を我慢することだ」と言う。では何歳から我慢したのかとの問いに老婆がひと言。〈七十以来此の道全く絶つ〉(四篇「市谷八幡」)
類書同時代の名所紀行『遊歴雑記初編(全2巻)』(東洋文庫499、504)
18世紀末の女流エッセイ『むかしばなし』(東洋文庫433)
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