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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 544|550

『日本旅行日記 1、2』(アーネスト・サトウ著 庄田元男訳)

2018/08/23
アイコン画像    英国外交官の見た明治・日本とは?
8月26日はアーネスト・サトウの命日

 実はちょうど1年前、当コラムで「8月26日」は、幕末・明治に活躍した英国外交官アーネスト・サトウ(サトー)が没した日ということで、『アーネスト・サトウ伝』を取り上げているのですが、桜桃忌(太宰治)や芭蕉忌、漱石忌や檸檬忌(梶井基次郎)のように、この日も業績を偲ぶ忌日にしたらいいんじゃないか、と思うのですが、いかがでしょうか?

 彼の業績は、大きく分けて次の3つです(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)。

(1)西郷隆盛ら〈薩長の指導者と交流、倒幕を教唆〉
(2)〈日英同盟締結に貢献〉
(3)〈日本文化研究〉

 特に、〈日本の政治体制は天皇を元首とする諸侯連合であり,将軍は諸侯連合の首席にすぎない〉(同「世界大百科事典」)という主張は、薩長の理論的支柱のひとつになります。いわば、日本の歴史を動かしたひとりと言っても言い過ぎではないでしょう。

 そのサトウの日本滞在日記が、『日本旅行日記』です(業績の(3)です)。サトウの行く先は、南アルプスや箱根、丹沢……と山が多く、「旅行日記」というよりは、「登山日記」といった感もあるのですが、行く先々で神社に立ち寄っていて、氏の日本文化への関心が見て取れます。

 本書の気持ちよさは、サトウの淡々とした記述にあります。「日本イイネ!」と煽るわけでもなく、上から見下しているわけでもない。大袈裟に感動することもなく、冷静に眼前の事物を観察しています。現代の私たちの目から見ると、かえって新鮮かもしれません。

 たとえば、富士山頂で日の出を見るシーン。


 〈突如として太陽の上半分が向かい側の山の肩に現れた。巡礼者たちは手の中で数珠を擦り合わせ、大日如来の御化身であるとばかりにとりつかれたように口々に礼拝の言葉を唱えている。第三者からみればその有様は結局のところ高揚する感情の極致がもたらすものと観察され同感を呼ぶ〉


 巡礼者たちは白装束で「六根清浄」と唱えているわけですから、異様に映っても仕方ありません。第三者的にはカルト的にも見える。ところがサトウは、冷静に観察し、〈同感を呼ぶ〉と記すのです。日本文化の理解度と知性なせるワザといえばそれまでですが、本書を読んで改めて感服しました。



本を読む

『日本旅行日記 1、2』(アーネスト・サトウ著 庄田元男訳)
今週のカルテ
ジャンル紀行/日記
時代 ・ 舞台明治時代の日本(19世紀後半)
読後に一言来年は没後90年ですから、アーネスト・サトウ忌を立ち上げるに相応しいと思うのですが……。
効用バードの『日本奥地紀行』(東洋文庫)にならぶ、明治・日本の紀行の傑作といえます。
印象深い一節

名言
数百ヤード先からは富士山の素晴らしい景色が望めた。裾野のあたりは低い山々によって遮られ、黒ぐろとした山が富士の顔の半ばまでを隠している(第一章「富士山麓で神道を勉強」)
類書サトウの上司・英国公使の伝記『パークス伝』(東洋文庫429)
近代登山を日本に広めた英国人ウェストンの『日本アルプス登攀日記』(東洋文庫586)
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