1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
コオロギの音が哀しいのはなぜ? 読書の秋は杜甫の詩を名講義で(1) |
〈元来詩と申しまするものは、講解を致すべき訳のものでは実は無いのでございます〉
という調子で、杜甫の詩を講義するのが本書『杜詩講義』です。講義しているのは、森槐南(もり・かいなん/1863~1911)という江戸末期の生まれの文人。明治を代表する漢詩人ですが、一方で、漢詩をたしなむ〈伊藤博文の知遇を得て、諸所に随行〉します。〈明治四十二年博文が哈爾浜(ハルビン)に遭難したとき、彼もまた銃弾を受けた〉という事件にも出くわしており(軽傷でしたが)、歴史の証人ともいえる人物です(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)。
本書は、その名の通り、杜甫(本書では「杜子美」と表記されることが多い。「子美」は杜甫の字)の詩の講義です。森槐南という明治を代表する知識人を通した杜甫は――といっても私は杜甫に精通しているわけではありませんが――非常に新鮮で、聞いたことのある詩さえ、別の輝きを帯びます。
いくつか、講義ともども詩を紹介しましょう。
促織(そくしょく) 甚だ微細なり
哀音(あいおん) 何ぞ人を動かす
草根(そうこん) 吟 穏やかならず
牀下(しょうか) 意 相い親しむ
久客(きゅうきゃく) 涙無きを得んや
故妻(こさい) 晨(あした)に及び難し
悲糸(ひし)と急管(きゅうかん)と
感激 天真(てんしん)に異なり
促織とはコオロギのこと。その泣き声が哀しい、という詩(『促織』)です。その音を聴くと、旅人(久客)は涙なしではいられず、寡婦(故妻)は夜明けまで寝付けない。楽器の音(悲糸と急管)も、コオロギの音(天真=自然の音)にはかなわない。
コオロギの音はなぜ哀しいのか。
〈促織の心持では、あゝ云ふ声を発するのは或は漠然と歌つて居るのかも知れませぬけれ共〉と身も蓋もなく言い放った上で、槐南は看破します。
〈聴く者の心に悲みがあります故に何処までもその者が哀れに聞へる〉
なるほど杜甫の心には悲しみがあった。悲しみがある者はこの詩に共感する。ストンと腑に落ちました。
槐南先生、恐るべし。
ジャンル | 詩歌/評論 |
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刊行時期 | 1910年代 |
読後に一言 | 3回シリーズでお届けします。 |
効用 | 最も有名な『春望』が収録されています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 水は流れて 心競わず 雲は在りて 意倶に遅し(「江亭」) |
類書 | 明治の漢詩人の中国紀行『桟雲峡雨日記』(東洋文庫667) 江戸時代の唐詩講釈『唐詩選国字解(全3巻)』(東洋文庫405ほか) |
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