1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
杜甫が聞いた戦場の“声”とは? 読書の秋は杜甫の詩を名講義で(3) |
杜甫がいたころの唐(中国)は玄宗の時代で、玄宗は楊貴妃にうつつを抜かしていました。そうして抜擢された楊一族が権勢を振るい、いらぬ戦争を繰り返したのです。戦乱の中に、杜甫はいました。
ゆえに、杜甫は戦争の詩を数多く残しています。有名な〈国破れて山河在り〉の『春望』(『杜詩講義1』収録)もそう。本書(『杜詩講義4』)収録の『兵車行』もそうした詩のひとつです。「兵車」とは戦車のことです。森槐南いわく、
〈兎に角、杜子美(杜甫)が、玄宗時代に兵役が長く続いて、民が苦んだ処を写したものである〉
詩の冒頭をみてみましょう。
車は轔轔(りんりん)
馬は蕭蕭(しようしよう)
行人の弓箭(きゅうせん) 各々腰に在り
耶嬢(やじよう) 妻子 走りて相い送る
塵埃(じんあい)に見えず 咸陽橋(かんようきよう)
衣を牽(ひ)き足を頓(とん)し道を攔(さえぎ)りて哭(こく)し
哭声 直ちに上りて雲霄(うんしよう)を干(おか)す
戦車や馬、弓矢を腰にさした兵士が出征するシーンです。父母や妻子が走って見送りますが、埃で咸陽橋も見えません。見送る人は兵士の着物を引き、足をばたつかせ、道を遮って号泣する。その泣き声が、空まで達する。
戦争は常に理不尽です。戦争を是とする人が現代においてもいることが、私には信じられません(彼らは想像力が欠如しているのでしょうか?)。
森槐南は、この詩の〈最も肝要な処〉として、次の箇所をあげます。
君聞かずや 漢家山東の二百州
千村万落 荊杞(けいき)を生ずるを
漢の国家の山東(中原)の二百州、村という村は荒れ、イバラ(荊)やクコ(杞)が生い茂っている。民が苦しむ声を皇帝(君)は聞いているのか。
〈天子はお聞きにならぬものであるか(中略)、斯う言葉を反復致しまして、上が反省せられんことを望みましたもので、兵隊の言葉を藉りて、親切に写しましたものであると考へられます〉
いつの時代も、「この道しかない!」と戦争に突き進むような愚かなリーダーは、民の声など聞かないのです。
その結果、どうなったか。
新鬼(しんき)は煩冤(はんえん)し旧鬼は哭(こく)し
天陰(くも)り雨湿(うるお)いて声 啾啾(しゆうしゆう)たるを
戦場で死んだばかりの幽霊(新鬼)は苦しみ、かつての幽霊(旧鬼)は声をあげて泣く。雨が降る時、幽霊のしくしくという泣き声が聞こえる――。
ジャンル | 詩歌/評論 |
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刊行時期 | 1910年代 |
読後に一言 | 槐南先生の名講義、これで終了です。 |
効用 | 4巻は『曲江』や『飲中八仙歌』、『哀江頭』など名詩揃いです。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 書を読みては万巻を破り/筆を下(くだ)せば神(しん)有るが如し(3巻、『韋左丞丈に呈し奉る』) |
類書 | 唐詩集のベストセラー『唐詩三百首(全3巻)』(東洋文庫239ほか) 中国最古の詩集『詩経雅頌(全2巻)』(東洋文庫635、636) |
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