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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 568|569

『杜詩講義 3、4』(森槐南著 松岡秀明校訂)

2018/09/27
アイコン画像    杜甫が聞いた戦場の“声”とは?
読書の秋は杜甫の詩を名講義で(3)

 杜甫がいたころの唐(中国)は玄宗の時代で、玄宗は楊貴妃にうつつを抜かしていました。そうして抜擢された楊一族が権勢を振るい、いらぬ戦争を繰り返したのです。戦乱の中に、杜甫はいました。

 ゆえに、杜甫は戦争の詩を数多く残しています。有名な〈国破れて山河在り〉の『春望』(『杜詩講義1』収録)もそう。本書(『杜詩講義4』)収録の『兵車行』もそうした詩のひとつです。「兵車」とは戦車のことです。森槐南いわく、


 〈兎に角、杜子美(杜甫)が、玄宗時代に兵役が長く続いて、民が苦んだ処を写したものである〉


 詩の冒頭をみてみましょう。


 車は轔轔(りんりん)
 馬は蕭蕭(しようしよう)
 行人の弓箭(きゅうせん) 各々腰に在り
 耶嬢(やじよう) 妻子 走りて相い送る
 塵埃(じんあい)に見えず 咸陽橋(かんようきよう)
 衣を牽(ひ)き足を頓(とん)し道を攔(さえぎ)りて哭(こく)し
 哭声 直ちに上りて雲霄(うんしよう)を干(おか)す


 戦車や馬、弓矢を腰にさした兵士が出征するシーンです。父母や妻子が走って見送りますが、埃で咸陽橋も見えません。見送る人は兵士の着物を引き、足をばたつかせ、道を遮って号泣する。その泣き声が、空まで達する。

 戦争は常に理不尽です。戦争を是とする人が現代においてもいることが、私には信じられません(彼らは想像力が欠如しているのでしょうか?)。

 森槐南は、この詩の〈最も肝要な処〉として、次の箇所をあげます。


 君聞かずや 漢家山東の二百州
 千村万落 荊杞(けいき)を生ずるを


 漢の国家の山東(中原)の二百州、村という村は荒れ、イバラ(荊)やクコ(杞)が生い茂っている。民が苦しむ声を皇帝(君)は聞いているのか。


 〈天子はお聞きにならぬものであるか(中略)、斯う言葉を反復致しまして、上が反省せられんことを望みましたもので、兵隊の言葉を藉りて、親切に写しましたものであると考へられます〉


 いつの時代も、「この道しかない!」と戦争に突き進むような愚かなリーダーは、民の声など聞かないのです。

 その結果、どうなったか。


 新鬼(しんき)は煩冤(はんえん)し旧鬼は哭(こく)し
 天陰(くも)り雨湿(うるお)いて声 啾啾(しゆうしゆう)たるを


 戦場で死んだばかりの幽霊(新鬼)は苦しみ、かつての幽霊(旧鬼)は声をあげて泣く。雨が降る時、幽霊のしくしくという泣き声が聞こえる――。



本を読む

『杜詩講義 3、4』(森槐南著 松岡秀明校訂)
今週のカルテ
ジャンル詩歌/評論
刊行時期1910年代
読後に一言槐南先生の名講義、これで終了です。
効用4巻は『曲江』や『飲中八仙歌』、『哀江頭』など名詩揃いです。
印象深い一節

名言
書を読みては万巻を破り/筆を下(くだ)せば神(しん)有るが如し(3巻、『韋左丞丈に呈し奉る』)
類書唐詩集のベストセラー『唐詩三百首(全3巻)』(東洋文庫239ほか)
中国最古の詩集『詩経雅頌(全2巻)』(東洋文庫635、636)
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