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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 570

『吉利支丹文学集2』(新村出、柊源一校注)

2018/10/25
アイコン画像    初めて日本語に訳された西洋文学
「イソポのハブラス」って何だ!?

 「みそぎ(禊)」という言葉があります。


 〈身に罪または穢(けが)れがあるとき、また、重要な神事などの前に、川原などで、水で身を洗い清め穢れを落とすこと〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)


 先日の内閣改造でも、「みそぎは済んだ」という言葉があちこちで聞かれました。「みそぎ」は、〈東南アジア一帯にもみられる〉(同「国史大辞典」)風習ですが、日本ではすでに『古事記』に登場します。今では安易に使われすぎているようにも思えますが、「洗い流せば終わり」という共感覚が、日本人の中にあるのでしょう。

 一方で、キリスト教では、罪は洗い流せません。人は原罪を背負っているからです。

 さてここからは管見――というより暴論なのですが、だからこそキリスト教圏は「処世術」が発達したのではないでしょうか。罪深き存在だからこそ、頭を垂れて正直に世を渡る。実際、「life」には「生命」だけでなく、「生活」や「人生」の意味もあります(同「プログレッシブ英和中辞典」)。

 そう考えてみると、〈庶民の生きるための知恵の結晶〉(同「ニッポニカ」)と評価される『イソップ物語』が、宣教師の手によって日本にもたらされたことは、ある種の必然だったかもしれません。で、それが本書『吉利支丹文学集2』収録の「イソポのハブラス」(Esopo no Fabulas)です。本書によれば、「イソポのハブラス」は、1593年に天草のイエズス会のコレジヨ(神学校)から、ローマ字で出版されたものだそうです。しかもこれが、〈日本における最初の西洋文学の翻訳本〉(「伊曾保物語」の項、同「世界大百科事典」)というのです(しかも口語文で!)。

 中をのぞいてみましょう。


 〈或る童(わらんべ)羊に草を飼うて居たが、やゝもすれば口号(くちずさ)みに「狼(おほかめ)の来るぞ」と叫ぶほどに、人々集れば、さも無うて帰ること度々に及うだ。又或る時真(まこと)に狼が来て、羊を飡(くら)ふによつて、声をはかりに喚(をめ)き叫べ(大声をあげて叫ぶ)ども、例の虚言(きよごん)よと心得、出で合ふ人無うて、悉(ことごと)く飡ひ果された〉


 有名な「オオカミ少年」です。で、こんな結び。


 〈常に虚言を言ふ者は、仮令(たとひ)真(まこと)を言ふ時も、人が信ぜぬものぢや〉


 嘘をついたらだめ――この処世術、現在の日本では必要とされていないかもしれませんね。



本を読む

『吉利支丹文学集2』(新村出、柊源一校注)
今週のカルテ
ジャンル宗教/文学
時代・舞台16~17世紀の日本
読後に一言「イソポのハブラス」の解説に、この物語における、〈その凡俗とみにくさとの中に、生とはどんなものであるかを見極めるべきであろう〉という言葉がありました。けだし名言です。
効用キリスト教の教義書「どちりなきりしたん」も掲載されています。
印象深い一節

名言
これ一さい(一切)のきりしたんのちゑ(智惠)のまなこ(眼)をあきらむる(明むる)をしへ(教え)なれば、たれ(誰)しもならひわきまへしつて(知って)、まよひ(迷い)のやみ(闇)をのがれ(遁れ)、まことのみちにもとづくべし(「どちりなきりしたん」)
類書宣教師ヴァリニャーノが見た日本『日本巡察記』(東洋文庫229)
明治時代のイソップ童話の翻訳『通俗伊蘇普物語』(東洋文庫693)
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