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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 593

『五台山』(日比野丈夫、小野勝年著)

2018/12/13
アイコン画像    世界遺産の霊山・五台山
中国の仏教の聖地を訪ねる

 「五台山」をご存じでしょうか。唐突な出だしですが、五台山は、中国・山西省にある仏教の聖地です。


 〈初め神仙道の徒によって開かれ、5世紀後半に北魏の孝文帝によって仏光寺、清涼寺などの寺院が開基されたと伝えられる。このころから五台山は文殊菩薩の住む清涼山と信じられ、長く文殊信仰の中心となった。(中略)五台山の名は、中国だけでなく朝鮮、日本、中央アジア、チベット、インドにまで伝わり、各地から巡礼者が訪れた〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)


 ここの特徴は、〈清王朝の手厚い保護を受け、チベット仏教の色彩がきわめて濃厚になった〉(同前)ことです。つまり中国仏教とチベット仏教の共通の聖地が、ここ「五台山」なのです。

 で、本書『五台山』は、この地を訪れた二人の著者(日本人)が記した紀行であり、かつ五台山の歴史を紐解く入門書なのです。

 今の私たちからは想像がつきませんが、この古い聖地は、早くからその名をとどろかせていたようです。

 「文殊師利宝蔵陀羅尼教」というインドの僧が訳したお経の中で、文殊菩薩が五台山に住んでいるととれる箇所があるそうです。


 〈(文殊菩薩が五台山に住んでいるという)かかる考えは決して印度に始まったものではなく、逆に中国からの影響を受けたのではないかと考えられる〉


 五台山の名は、〈全中国のみならず、西域をへて印度にまでも伝わり、また海を越えて我が国にも渡り、やがて全亜細亜仏教圏内に文殊の霊場として渇仰されるに至った〉のだと言います。五台山の影響力がわかります。

 本書のもうひとつのポイントは、著者が日中戦争のさなかの1940年夏、この山に入ったことです。


 〈不幸な日中交戦の勃発は、五台山を混乱の中に巻きこんでしまった。長い歴史も伝統も、辛うじて維持されてきた経済的基盤の崩壊とともに消滅の寸前まで追込まれてきたのである〉


 著者は一方で、希望も見出します。


 〈しかし、千五百年の間幾多の変遷を繰り返して来たこの霊山には、今なお脈々として尽きぬ生命の存在が認められる〉


 五台山は2009年、世界遺産に認定されました。五台山の持つ力は、衰えていないようです。



本を読む

『五台山』(日比野丈夫、小野勝年著)
今週のカルテ
ジャンル紀行/宗教
刊行年・舞台1942年・中国
読後に一言行きたくても行けないので、本書を読んで追体験することにします。
効用「五台山紀行」を読むと、聖地を訪れた著者の感動が、手にとるように伝わってきます。
印象深い一節

名言
遠く山圏を去ってこれを望めば、峨々としてそびえ立つ我が日本アルプスの連峯の如く、山懐に入ってこれをよじれば、奈良の若草山の起伏にも似ている。五台山は大自然の山であると共に、人間、殊に宗教の山なのだ。(「自序」)
類書本書にも五台山の部分を抄録『入唐求法巡礼行記(全2巻)』(東洋文庫157、442)
三蔵法師の求法の旅『大唐西域記(全3巻)』(東洋文庫653ほか)
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