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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 678|682|685

『乱中日記 壬辰倭乱の記録(全3巻)』(李舜臣著 北島万次訳注)

2019/01/31
アイコン画像    戦争はいったい何をもたらすのか
約430年前の朝鮮侵略の記録

 「壬辰倭乱(朝鮮出兵)を起こした豊臣秀吉と重なって見えると言っても過度な飛躍ではない」(2019年1月18日、共同通信)

 自衛隊機への火器管制レーダー照射問題に関して、韓国国会の安圭伯(アン・ギュベク)国防委員長が声明を発表したのですが、そこで登場した表現です。安倍晋三首相が日韓の対立を助長しているとして、安倍首相=豊臣秀吉という図式を持ち出したのです。

 「対立を助長している」という指摘には賛同しますが、それにしても「踏み込んだ発言をしたなあ」というのが、私の印象です。なぜなら秀吉は、韓国人にとって決して許すことのできない極悪人だからです。秀吉を持ち出すのは「二度と許すまじ」と宣言したようなものです。

 「壬辰倭乱」とは、〈1592年(文禄1)から1598年(慶長3)にかけ、豊臣秀吉が明(中国)征服を目ざして朝鮮に兵を出した侵略戦争〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」、「文禄・慶長の役」の項)のことです。〈今日では「文禄・慶長の役」とともに「秀吉の朝鮮出兵」とよぶのが一般的であるが、事の本質からみて、「秀吉の朝鮮侵略」とよんだほうが正しい〉という「ニッポニカ」の指摘は、正鵠を射ています。

 本書『乱中日記』は、この戦争で朝鮮水軍を率いた李舜臣(イ・スンシン)によるリアルタイムの記録です。李将軍は、巧みな戦術を用いて〈制海権を確保し、戦局を転換して日本の侵略を挫折させる機をつくりだした〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)、朝鮮の救国のヒーローです。


 〈憂国のあまり、いまだかつて緊張の解けることがない。独り篷下(船の覆いの下)に坐って、万端に思いをめぐらす〉


 日記は、その日の天候や誰と会ったかなど、個人的な記録としてつけられていますが、時折、このような本音が吐露されます。


 〈……独り坐り、国事を思う。思わず涙にくれる〉


 まったく高揚していません。なぜなら、彼らにとってあまりにも理不尽な戦争だからです。大義なき日本軍によって攻め込まれ、戦闘を余儀なくされる。

 本書には、次々と投降する日本兵の姿も記録されています。彼らにとっても、理不尽な戦争だったのです。

 李舜臣は日記の中で、老いた母をしきりに心配します。しかし戦中、母は病没します。そしてそのわずか1年後、朝鮮のヒーローは銃弾に倒れ戦死したのでした。



本を読む

『乱中日記 壬辰倭乱の記録(全3巻)』(李舜臣著 北島万次訳注)
今週のカルテ
ジャンル記録/日記
時代・舞台朝鮮・1592~1598年
読後に一言李舜臣の文章は簡潔で淡々としています。戦中とは思えないほどです。だからこそ一層、彼の涙が胸にしみるのです。
効用日本の朝鮮侵略を知るための貴重な資料です。
印象深い一節

名言
近代日本の歴史がはじまって以来、皇国史観にもとづく歴史教育によって、日本国民の間に染み込んだ植民地史観、それは政治家同士が握手しただけで簡単に改まるものではない。(訳注者「あとがき」)
類書秀吉の朝鮮侵略を詳述『懲毖録』(東洋文庫357)
その戦争で捕らえられた儒学者の記録『看羊録』(東洋文庫440)
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