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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 256

『小梅日記1 幕末・明治を紀州に生きる』(川合小梅著 志賀裕春、村田静子校訂)

2019/02/14
アイコン画像    幕末の激動の変化に
立ち会った女性の日記

 最近、バブル期が振り返られるようになっていますが、“狂乱の時代”と言われても、その時代を生きた身からするとピンときません。急にバブルが来たわけでもなければ、突然終わったわけでもないからです。変化の兆しはわずかで、私自身は巻き込まれていたことに気づきませんでした。

 では幕末から明治維新に向けての激動はどうだったのでしょうか。

 本書『小梅日記』は、〈江戸末期、紀州藩の藩校学習館督学(学長)川合梅所(ばいしょ)の妻で女流画家〉の川合小梅(1804~1889)が、〈幕末期から明治前期の激動期に、当時の政治動向や社会状勢、日常生活などを克明に描いた日記〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)です。

 たとえば嘉永6年(1853)6月17日の記述。


 〈○十七日 大暑。いこく船おいおいさうどう(騒動)に付、御かための為に人々出立〉


 ペリーの黒船来航が紀州・和歌山でも騒動を起こしていることがわかります。

 さらに安政6年(1859)8月28日。すでに鎖国は終わり、変化の兆しが見え始めています。


 〈いづれ、ようい(容易)ならざる時節也〉


 と、小梅は記します。そして鴨長明の『方丈記』を引き合いに出します。『方丈記』は大火事や竜巻、地震や飢餓など、災害の記述が多いことでも知られています。そしてその混乱のさなか、平家も滅亡します。学のあった小梅は、『方丈記』と自分の時代を重ね合わせます。小梅は、時代の不穏な流れを的確に感じ取っていたのでしょう。

 そしてこう言い聞かせるのです。


 〈いともいともはかなくおそろしき時節とは成(なり)ぬ。長命をもいのらず、只無事のみいのる也〉


 その一方で、“日々の生活”も大事です。小梅は高所からものを見ているのはなく、生活者として時代を感じています。


 〈快晴。誠にあつし。ひやうたんうりに来る。三つ求(もとめ)る〉


 〈米与にて百目借用也〉


 学問と生活。二つの足場が小梅にはあります。どちらもバブル期の私にはないものでした。なるほど、時代の変化が見えていなかったのも当然ですね。反省。



本を読む

『小梅日記1 幕末・明治を紀州に生きる』(川合小梅著 志賀裕春、村田静子校訂)
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時代・舞台幕末の日本
読後に一言私たちは今、小梅と同じように“時代の変化”に立ち会っているのかもしれません。
効用幕末の貴重な記録です。
印象深い一節

名言
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さけて長閑(のどか)に遊ぶけふかな(「安政六年」)
類書幕末・明治を生きた蘭医の娘の自叙伝『名ごりの夢』(東洋文庫9)
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