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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと約700冊! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『楽郊紀聞1、2 対馬夜話』(中川延良著 鈴木棠三校注)

2019/03/07
   対馬の老藩士が書き留めた、
2000もの珍談・奇談・怪談!

 江戸の奇談・珍談を収集した本の双璧としては、町奉行などを歴任した根岸鎮衛の随筆『耳袋』と、平戸藩主・松浦静山の随筆『甲子夜話(かっしやわ)』が真っ先に挙がります(両書とも当コーナーで紹介しました)。このふたつに勝るとも劣らないのが、『楽郊紀聞』です。

 何がすごいって、『耳袋』は中央のお役人ですし、『甲子夜話』は大名ですが、『楽郊紀聞』は対馬(長崎県)という辺境に住む一藩士がしたためたということです。情報量に限りがある中で、書きためたネタは2000! この一点で、脱帽です。

 タイトルの「楽郊」は、著者中川延良の号なのですが、〈楽しい村。町はずれの楽しい土地〉(ジャパンナレッジ「新選漢和辞典 Web版」)という意味。延良は、地元を卑下するのではなく、「対馬ってすげーぜ」と地元ネタをふんだんに盛り込んでおり、その思いは号名からもくみ取れます。


 〈若き時より病多くして、月の半(なかば)は枕に臥せば、人に交(まじは)る事も広からず〉


 著者は元々病弱だったようで、どうやらそのことが「記録」に走らせたようです。で、歳を重ね、考えました。


 〈今は既に齢(よは)ひ傾き、病も深くなりて、起居(たちゐ)さへ苦しげなりければ、此先のいのち如何(いかが)あるべき〉


 老い先短いこの人生、さて何をすべきか。そうだ、書きためていた記録をまとめよう。前向きです。

 本書は13巻構成で、殿様の話からご近所の話、対馬の地理に寺社の紹介、江戸や朝鮮の話題も飛び出します。

 私が興味をそそられたのは「幽霊釣り」です。

 釣るといっても、幽霊を騙すとかそういうことではなく、幽霊を出現させる秘術なのです。

 単身赴任先で死んだ夫に会いたいと、妻子兄弟が術者に頼みます。燈籠を松の枝にかけて準備を整えて待っていると急に、〈大なる風吹来り、ざうざうと音あり〉。すると辺りが霧に包まれ、燈籠の光だけ微かに見えます。光に近づくと……。そうです。死んだ夫が立っていたのです。ゾッとするシーンでもあり、感動的場面でもありました。

 こうした怪談や奇談が多いのも本書の特徴で、幽霊好きの私は、にやついてしまったのでした。

 ちなみに著者は終始冷静で、話が伝わる間に、〈末が末に至りては、卵に毛あり〉ということにもなる、とわかっています。盲信していないことも、本書の特徴のひとつでしょう。



今週のカルテ

ジャンル随筆
時代・舞台幕末の日本
読後に一言ちなみに、幽霊釣りの秘訣は、燈籠の灯心に干したミミズを使うことと、煮干した小豆を用意することだそうです。
効用庶民の様子や風俗なども書かれており、幕末の一地方の様子がよくわかります。
印象深い一節

名言
まして才短く心鈍き者の、筆を渉して書つらねしなれば、是も又聞し儘ぞとは思へども、一ッニッのてにをはのたがひより、果ては白きが黒くなり、狗(いぬ)は母猴(さる)に似たり、といへる過ちも生ずべし。(『楽郊紀聞1』「序」」
類書奇談・逸話を集めた江戸の随筆集『甲子夜話(正・続・三篇全20巻)』(東洋文庫306ほか)
江戸の見聞を書き留めた随筆集『耳袋(全2巻)』(東洋文庫207、208)
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