1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
「道徳」なんて捨ててしまえ!? 徳川思想史の巨人に挑む(2) |
SNSの発達によって、日本中、総小姑状態です。ちょっとの過ちを寄ってたかって叩き、社会的に抹殺していきます。正直、今のような道徳的に縛りあい、監視し合う社会を、私は住みやすいとは思いません。
荻生徂徠ならば、今の世をどう見たでしょうか? 実は徂徠は、「道徳」に異を唱えた男なのです。
〈あまりにも厳格に道徳を説く朱子学は人情の自然を抑圧するのではないだろうか〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)
徂徠はこうした問題意識を持っていました。ゆえに、〈人間の生得の気質は画一的な道徳によって変化させうるようなものではなく,むしろ各人各様の気質をそのまま伸張させたほうが社会的に有意義である〉(同)と考えました。これが「徂徠学」です。儒教(朱子学)の勧善懲悪によるがんじがらめから、解放しようとしたのです。
今回も『論語』の有名な言葉を手がかりに、徂徠の思想をみていきます。
〈或るひと曰く、「德を以て怨みに報ぜば、如何(いかん)」と。子曰はく、「何を以て德に報ぜん。直(なほ)きを以て怨みに報じ、德を以て德に報ぜん」と〉(憲問)
訳書ではこうです(「直きを以て~」以下)
〈平心をもって怨みに対応し、好意をもって好意に対応したい〉(宮崎市定『現代語訳論語』岩波現代文庫)
〈公平無私をもって怨みに報い、恩徳をもって恩徳に報ゆべき〉(宇野哲人『論語新釈』講談社学術文庫)
では、荻生徂徠は?
徂徠は、儒者・伊藤仁斎の解釈、〈善なるときは則ち之を揚げ、不善なるときは則ち之を藏(かく)す〉を紹介しつつ、それを、〈妄なる哉〉と一刀両断に切り捨てます。
〈當(まさ)に怨むべきときは則ち怨み、當に怨むべからざるときは則ち怨みず〉
仁斎の〈不善なるときは則ち之を藏す〉という解釈も、〈平心をもって~〉や〈公平無私をもって~〉という現代の解釈も、若干、道徳的なニュアンスをプラスしているように、私には感じられます。それに対し、徂徠は、〈怨むべきときは則ち怨み〉と文字通り解釈。「目には目を」的な明快さがあります。
徂徠的にみるなら、現代社会はむしろ、道徳的振る舞いを強制しているのではないでしょうか。ゆえに、相手の配慮のなさに怒り続ける……。
徂徠に倣って、いったん道徳的ジャッジをやめてみるのはいかがでしょうか。
ジャンル | 思想 |
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刊行年 | 1700年代 |
読後に一言 | ジャパンナレッジで、『ニッポニカ』限定で「論語」を検索すると、「論語/名言集」がヒットします。荻生徂徠に負けず劣らず、わりと踏み込んだ解説をしているので、面白いですよ。 |
効用 | 本書は、〈多くの注の中でも優れたものとして,中国でも引用されている〉(「世界大百科事典」)ほどです。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 清朝の学者たちが徂徠の学説──特に『徴』の解釈の価値を高くみたことは、日本の儒者に反対者が多いことと対照的である。(「論語徴 解題」) |
類書 | 荻生徂徠も登場する総勢72名の儒者列伝『先哲叢談』(東洋文庫574) 徂徠の文章集『徂徠集 序類(全2巻)』(東洋文庫877、880)※ジャパンナレッジ未収録 |
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(2024年5月時点)