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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 392

『アブドゥッラー物語 あるマレー人の自伝』(アブドゥッラー著 中原道子訳)

2019/04/04
アイコン画像    学ぶことの本当の意味とは?
19世紀を生きたマレー人の伝記

 新年度から新たに学び始めた人も多いと思いますが、生涯を“学び”に捧げた人物の自伝が、東洋文庫に収録されています。『アブドゥッラー物語』です。

 時は19世紀前半、舞台はマラッカ(マレーシア)。主人公は、アブドゥッラーというイスラム教を信じるマレー人です。一人息子のアブドゥッラーは、父や教師から厳しく勉強を教わるのですが、これが凄まじい!〈私は何回もぶたれ、平手打ちをくわされ、何枚もの筆写用の板が先生によって頭に叩きつけられ、ばらばらに壊れてしまった。何本もの鞭が私の体の上で折れた。私が何回もぶたれるので、母は私のためにいつも泣いていた〉

 今なら虐待ですな。アブドゥッラーは母に、〈死んだ方がましだ〉と訴えます。母は息子を諭します。財産は運が悪ければ一瞬で消え失せる。しかし知識と学問は、〈命があなたの体から離れて行く時に始めて、それは離れて行くのですよ〉。

 アブドゥッラーは覚醒します。


 〈今、ようやく知識の甘美さが蜜よりも甘いことを知った〉


 当時のマラッカは、ほとんどが文盲でした。手紙を書く場合は代筆屋に頼むのが一般的で、しかもそれができる人間はマラッカに4、5人しかいませんでした。アブドゥッラーは主に語学を学ぶのですが、生きていくための技能習得という側面もあったのです。アブドゥッラーは親の厳しさの裏にある愛情に気づき、勉学に邁進していくのでした。

 結果どうなったか。マレー語、ヒンドゥー語、英語……と語学を習得していったアブドゥッラーは、マラッカ在住の宣教師とイギリス人のすべてに、マレー語を教えるようになったのです。しかもシンガポール創設者として知られるイギリス人、ラッフルズと交誼を結ぶなど、植民地・シンガポール建設の模様を、傍らからつぶさに目撃したのでした(これ自体、貴重な資料です)。

 成人したアブドゥッラーは、“学び”が血肉になっています。宣教師から英語を学ぶ息子に対し、父親は、それは堕落することだから止めろと叱責します。


 〈何の役にも立たず、無為にすごすより、勉強した方がよいではありませんか?〉


 「学ぶな」という父親に対し、「学びたい」と懇願するアブドゥッラー。父を超えた瞬間です。彼は、学ぶことの真髄を会得し、かつひとかどの人物になったのでした。



本を読む

『アブドゥッラー物語 あるマレー人の自伝』(アブドゥッラー著 中原道子訳)
今週のカルテ
ジャンル伝記
刊行年・舞台1849年刊行/マレーシア、シンガポール
読後に一言個人的には「首お化け」のくだりに興味をひかれました。著者は一笑に付しますが、マラッカには首だけで飛び回り、生き血を吸うお化けが信じられているそうで……。
効用奴隷売買の様子なども詳しく描かれ、19世紀の東南アジアの様子がよくわかります。
印象深い一節

名言
この世のしるしは滅びる運命にある。存在するものは滅び、存在しないものは創られ、そして変わって行く(四「マラッカの城塞」)
類書本書にも登場するシンガポール創設者の伝記『ラッフルズ伝』(東洋文庫123)
19世紀後半のアジアをレポート『東洋紀行(全3巻)』(東洋文庫555ほか)
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