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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 382

『酉陽雑俎 1』(段成式著 今村与志雄訳注)

2019/05/23
アイコン画像    “小”は“大”よりも勝る!?
唐のディープなエッセイを読む(1)

 〈(歴史書でも哲学書でもないが)あつかましくも営々と書きつづったのは、怪異譚こそ小説の書だからである〉


『酉陽雑俎(ようゆうざっそ)』の「序」に記された著者・段成式(だんせいしき)の言葉です。本書は、唐代の百科全書的エッセイなのですが、ここでいう〈小説〉という言葉には、少々説明が必要です。

 〈小説という語は,わが国では坪内逍遥(しようよう)の『小説神髄』以来,英語のノヴェルnovelの訳語として用いられてきている。しかし,もともと中国に生まれたこの語は,そのような意味で用いられたものではなかった〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)

 では何なのでしょうか?

 〈前漢の歴史書『漢書(かんじょ)』「芸文誌(げいもんし)」では、民間の小事件、流行、風俗、噂(うわさ)話などを小説とよんだ。〉(同「ニッポニカ」)

 正史や哲学が“大”の説ならば、取るに足らない雑多なものを“小”の説、小説と呼んだのです。で、〈無類の読書家であった著者が、その該博な知識を駆使して、奇事異談から衣食風習、医学、宗教、動植物に至るまで、世事万端についての見聞、考証を記し〉(同「ニッポニカ」)たのが、本書『酉陽雑俎』というわけです。その範囲は、〈中国知識人の正統的な知識のほか,道教や仏教に及び,地域的にはインドやペルシアまで〉(同「世界大百科事典」)網羅します。ちなみに、〈「雑俎」とはごった煮の意味〉(同「世界文学大事典」)です。

 では、どんなことが書かれているのでしょうか。


 〈則天〔武曌(ぶしょう)〕(則天武后:女帝)が誕生した夜、雌の雉(きじ)がみな雄のように鳴いた。右手の中指に、黒い毛がはえ、ほくろのように左巻きにまいていた。ひきのばすと、長さが一尺余りあった〉


 〈旧説によると、月には、桂(けい)があり、蟾蜍(ひきがえる)がいる〉


 皇帝の噂話から、月の伝説まで雑多です。さらにはこんな記述も。サイコロの目を思い通りに出す呪文があるそうで……。


 〈伊諦弥諦(いていみてい)、弥掲羅諦(みぎゃらてい)〉


 これを〈万遍となえたらなら、かけ声のままに、思うとおりの彩(め)がでる〉のだそうですが、1万回唱えるのにどのくらいの時間がかかるのでしょうか。

 怪しい記述も多いのですが、だからこそ面白い! こういう“小”ならば、大歓迎です。



本を読む

『酉陽雑俎 1』(段成式著 今村与志雄訳注)
今週のカルテ
ジャンル事典/随筆
成立年・舞台800年代の中国・唐
読後に一言『酉陽雑俎』は、前集20巻(東洋文庫の1~3巻)、続集10巻(同4~5巻)で構成されています。次回からは、前集、続集に分けて、中身を覗いていきます。
効用本書(第1巻)には、皇帝、道教や仏教のエピソード、呪術の世界などが収録されています。
印象深い一節

名言
わたしが思うに、この話は、いささか奇怪である。しかしながら、人口に膾炙している話であるから、やむなく記録しておく。(巻一「天咫」/1巻)
類書明代の百科全書的随筆集『五雑組(全8巻)』(東洋文庫605ほか)
本書を多く引用する日本の百科事典『和漢三才図会(全18巻)』(東洋文庫447ほか)
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