1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
龍とカラスにみる古代の国際交流 唐のディープなエッセイを読む(2) |
ドイツの伝説的英雄「ジークフリート」をご存じでしょうか。13世紀初頭に成立した〈ドイツ中世の英雄叙事詩〉『ニーベルンゲンの歌』の主人公で、〈巨大な竜を倒しその血を浴びて不死身〉となった、〈ひときわ武勇にすぐれる若武者〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)です。この英雄叙事詩は、ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』のもとにもなっています。
さてそれを踏まえた上で、『酉陽雑俎』を紐解いてみます。本書には、これぞ小説(ノベル)という作品が数多く含まれているのですが、これもそのひとつ。
〈古代の亀玆(きじ)(新疆ウイグル自治区)国王の阿主児という人は、不可思議な力があり、毒龍を降伏させることができた〉
ところが、家々の金銀、宝が灰になるという事件が起きた。龍の仕業だという。そこで国王・阿主児は、お忍びで龍の住む北山へ乗り込んだ。
〈(阿主児は寝ていた)龍を叱った。龍は驚いて起き、師子〔獅子〕に変化した。国王は、すぐさま、その上に乗った。(中略)「降参しないなら、頭を斬りおとすぞ」〉
注では、楊憲益(オックスフォード大で学んだ研究者兼翻訳家)の仮説を紹介しているのですが、それによると、この阿主児の説話は、〈西方の叙事詩の英雄が龍を征服する伝説の源流に違いない〉というのです。これに対し、訳注者の今村与志雄氏は、〈古代中央アジアにおける東西交流へ想像力を喚起する話〉だと指摘します。
もうひとつ。お次はカラス(烏)。
本書にこんな記述があります。
〈出発に臨み、烏が鳴いてさきを案内すると、めでたいことがある〉
カラスが先導する――。日本には、神武天皇が大和に入る際、道案内したのは三本足のカラス(八咫烏)だったという伝説があります。そもそも、八咫烏自体、〈中国の伝説で、太陽の中にいると想像された三本足の烏〉(同「日本国語大辞典」)のことですから、日本の神話は、中国に源流があるといえるでしょう。ここにも国際交流が見て取れます。また、中国との繋がりはわかりませんが、西洋にもカラスを〈神の使いの霊鳥とする信仰〉(同「世界大百科事典」)があります。
龍にカラス。古代の世界は、意外と密接に繋がっていたのではないでしょうか。
ジャンル | 事典/随筆 |
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成立年・舞台 | 800年代の中国・唐 |
読後に一言 | 3巻には、龍そのものの記述もあります。頭の上の角を〈尺木〉といい、これがないと、〈天に昇ることはできない〉のだそうです。 |
効用 | 2巻には音楽や酒の話、3巻には動植物の話や、これぞ民俗学、という話も多く掲載されています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 読書をしない人は、夜道を行くようなものだ。(巻十一「広知」/2巻) |
類書 | 4世紀半ばの志怪小説『捜神記』(東洋文庫10) 六朝時代の短編小説集『幽明録・遊仙窟 他』(東洋文庫43) |
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