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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 445

『異域録 清朝使節のロシア旅行報告』(トゥリシェン著 羽田明編訳 今西春秋訳注)

2019/06/20
アイコン画像    マンモスや白夜に遭遇!
約300年前のシベリア横断記

 つくづく遠くなったと思います。

 ネットで、「青年海外協力隊の応募者半減」(2019.6.10週刊朝日オンライン限定記事/https://dot.asahi.com/wa/2019060800017.html?page=1)という記事を読んだのですが、協力隊応募者数は2010年と比較すると半減しているといいます。

 たしかにネットを通じて世界のことを知ることはできますし、飛行機で簡単に行くこともできます。「近くなった」と言うべきでしょうが、その反面、好奇心は薄れ、心の距離は遠くなりました。自国ファーストの風潮は、そんな私たちが招いているものかもしれません。

 では、かつては? 『異域録』は、清の康煕帝に派遣された使者トゥリシェンがみた、ロシアの報告書です。300年前の外国旅行といえば、陸地は馬か徒歩。シベリアを経て、目的地であるカスピ海の北方に行って戻ってくるのに3年もかかっています。〈風雨氷雪三ヵ年〉と「解題」で解説していますが、まさに決死の旅だったのでしょう。

 もちろん、一行にとって、見るもの聞くものが初めてです。報告書は彼らの「驚き」に満ちています。

 私自身が驚いたのは、この箇所。ロシア中部、シベリアの(中)南部エニセイスクを訪れた時の記述です。


 〈北方のこの地ははなはだ寒冷である。地中を動き回る獣がいる。それは陽の気にあたるとたちまち死んでしまう。体は大きくて一万斤以上もあろう。骨は白くてすべすべし、柔らかで象牙に似ている〉


 地中を動き回る体の大きな獣? すわ妖怪変化か! と思いましたがさにあらず。注によるとこれは「マンモス」なのだそうです。〈あまり折れも傷つきもしないで、いつも河岸の土中から発見される〉ので、〈地中を動き回る獣〉だと考えられていたのでしょう。


 〈これを食べると、高熱や内臓が焼けついて苦しいのを抑えることができる〉


 なんと食べていたのです!

 さらに著者は、〈夜もさほどに暗くならず、日が落ちて夜が深まっても、なお碁石を置くことができそうな明るさだった〉と「白夜」を報告しているのですが、注によれば、〈当時にあっては、なおトゥリシェンが初めてこれを確認した〉とのこと。

 マンモスに白夜! 実際に体験した者のみが味わえる感動に、本書は満ちていました。



本を読む

『異域録 清朝使節のロシア旅行報告』(トゥリシェン著 羽田明編訳 今西春秋訳注)
今週のカルテ
ジャンル紀行
時代・舞台1700年代前半のロシア
読後に一言出発前、使節は康煕帝より訓示を受けているのですが、その中身に笑ってしまいました。〈清酒といわず濁酒といわず、酒を飲んではならぬ〉〈勝手気ままに礼を失した行いはするな〉。日本の国会議員や役人にも訓示が必要ですね。
効用当時のロシアの気候、自然、風俗がよくわかります。
印象深い一節

名言
人の名は事をし遂げてはじめて揚がる(「序」)
類書ロシアの極東紀行『デルスウ・ウザーラ』(東洋文庫55)
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