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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 609

『ゾロアスター教論考』(E.バンヴェニスト、G.ニョリ著 前田耕作編・監訳)

2019/06/27
アイコン画像    ゾロアスター研究から読み解く
一神教vs.多神教

 単純に色分けすれば、世界は「一神教」と「多神教」に二分されます。前者は、〈ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、初期のゾロアスター教など〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)、後者は、〈日本の神道、インド、古代オリエント、古代ギリシア・ローマの宗教など〉(同前)です。これを乱暴に展開すれば、アメリカvs.イランは、一神教同士の鍔競り合いと捉え直すこともできまるかもしれません。

 「一神教とは何か」という問いを立てた時に、本書『ゾロアスター教論考』は大変示唆的でした。ゾロアスター教は、〈紀元前六世紀の予言者ゾロアスターを開祖とする古代ペルシアの民族宗教〉で、〈世の初めに善、悪二神が存在し、光明・生命・清浄の神アフラ=マズダと、暗黒・死・不浄の神アングラ=マイニュ(アーリマン)との戦場がこの世であるが、究極的には善神が勝つと説く道徳的色彩の濃い宗教〉(同「日本国語大辞典」)です。

 著者は、〈他の人間諸科学をも射程に収める広大な知的領域をカバーした〉と評価される〈フランスの言語学者〉(同「世界文学大事典」)、エミール・バンヴェニストとイタリアのオリエント研究家ゲラルド・ニョリの二人。誰でも聴講可の高等教育機関コレージュ・ド・フランスの講義録です。「ああ市民公開講座ね」というノリで手に取ると、その目論見の甘さを後悔します(私がそうです)。

 本書では、入門書的なことは語られません。それらは自明のものとして、ゾロアスター研究に横たわる諸問題に対する著者の見解が語られていきます。ジャパンナレッジで検索することで何とかついていけますが、実際、講義を受けていたらと思うとゾッとします。

 著者の一人、バンヴェニストは〈一神教は常に、反多神教の意味における宗教改革から来るもの〉という他の学者の説に賛同を示し、〈改革は、有力な歴史上の人物の偉業を抜きにしては考えられない〉と結論づけます。

 これは目からウロコでした。たとえば日本では、太陽=天照大神、月=月読命と、自然崇拝を色濃く残しています。創造神がいません。太陽も月も神が創り出した、というフィクションを挟み込むこと――体系化することで一神教的世界観が成立します。では誰が? 〈有力な歴史上の人物〉、つまり予言者です(キリスト教にもイスラム教にも予言者がいます)。

 では予言者を生み出す社会とは? 本書を読むことで疑問が次々に沸いてきます。刺激を与えてくれる本が良書だとするならば、本書はまさしくそうした本です。



本を読む

『ゾロアスター教論考』(E.バンヴェニスト、G.ニョリ著 前田耕作編・監訳)
今週のカルテ
ジャンル宗教/評論
舞台・講義年イラン/1926年、1983年
読後に一言ベルクソン、メルロ=ポンティ、フーコー、レヴィ=ストロース、ロラン・バルト……とそうそうたる面子がコレージュ・ド・フランスの教壇に立っていて、本書からもわかるとおり、内容は高度。にもかかわらず〈講義は公開で、聴講は自由〉(同「デジタル大辞泉」)というのですから、そのことに驚かされました。
効用ゾロアスター教がその後のヨーロッパに多大な影響を与えたことが、本書を通じてわかります。
印象深い一節

名言
後三世紀のインドから地中海に至る世界を特徴づけていたのは、そこでいくつかの宗教が花開き、出会い、そしてそれぞれの救済の道を説いた宗派が多く生まれたことであった(第二部 第四章)
類書紀元前2世紀のインド、ギリシア人vs.仏教『ミリンダ王の問い(全3巻)』(東洋文庫7ほか)
11世紀のイランの英雄叙事詩『王書』(東洋文庫150)
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