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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 701

『日本談義集』(周作人著 木山英雄編訳)

2019/07/25
アイコン画像    親日派の中国人が憂える
右傾化する日本の未来

 読みながら、妙な既視感に囚われました。慌てて、これらエッセイの発表年を確認してしまったほどです。なぜならば、ここに記されていることは、ことごとく“いま”に通ずることだからです。いくつか抜き出します。

①〈(日本人は)朝鮮人に不愉快極まる名をかぶせて「不逞鮮人」と呼ぶ〉
②〈痛烈な嘲罵を加え〉た中国の民族性を解説した本の出版。
③〈このごろ中国に排日家が多くなった〉
④〈……宣伝(政府広報など)により人民の心と眼を塞いでおくほど(施政者に)有利なことになる〉

 ①はヘイトスピーチを想起させますし、②の反中本は、ベストセラー常連です。当然、アジアの隣国には反日家が増えています。で、政府はどうしているか。マスコミを懐柔し、政府に都合のいい情報を流そうとしています。

 本書『日本談義集』は、最近の本ではありません。発表年は、①②1926年、③1920年、④1936年。大正から戦中にかけて書かれたエッセイ&評論集なのです。

 著者は、周作人(1885~1967)。〈中国近代の第一級の文化人,散文作家,啓蒙家,翻訳家〉で、『阿Q正伝』で有名な作家・魯迅の実弟です。氏は、〈立教大学に入り,古代ギリシャ語と英文学を学〉んだ経歴を持ち、〈近代中国の生んだ最良の日本理解者〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)でもありました。

 周作人は、中国と日本が戦争状態になってもなお「日本文化」を擁護しました。だからこそ、それまでの文化になかった「忠臣愛国」をがなり立てる日本の空気が、我慢ならなかったのです。しかし、〈優美な日本文化への愛着と粗暴な日本軍国主義への怒りとの矛盾に苦しんだ〉(同前)氏の叫びは、日本にも中国にも届きませんでした。

 1937年のエッセイで氏は、日本の国連脱退について論じます。この時、〈右寄りの政客、文人、新聞人などが盛大に旗を振〉ったそうです。


 〈そんな連中が、やがて手腕を発揮して「昭和維新」の大業を成さんものと、励んでいるのである。果せるかな、五・一五の次には二・二六が起って、すさまじい騒ぎになってきた。事はいまだ成就せぬとはいえ、右派勢力の侮るべからざることは、もはや疑いを容れぬ〉


 このエッセイ発表の年の7月、日中戦争が勃発します。私にはこれが、過去のこととは思えないのです。



本を読む

『日本談義集』(周作人著 木山英雄編訳)
今週のカルテ
ジャンル評論/随筆
時代・舞台大正から戦中にかけての日本
読後に一言著者は、明治維新によって、〈教育が間違った思想を養成して何かと傍迷惑の種になり、自身にも害をなしている〉(「日本旅行雑感」)と指摘しましたが、同感します。「昭和維新」は戦争へと直結しました。では平成維新は?
効用著者は、「日本は何もかも素晴らしい!」と声高に叫ぶ外国人を否定します。氏は冷静に、日本の良きところを評価し、そうでない部分を批判する。冷静な時事評は今の時代こそ有効です。
印象深い一節

名言
日本の国民性の長所は私見によればむしろ(忠孝とは)反対の方向、すなわち人情こまやかなるところにあるのだ。(「日本の人情美」)
類書明治期の中国人外交官が漢詩で日本を表現『日本雑事詩』(東洋文庫111)
著者の兄・魯迅の文学評論『中国小説史略(全2巻)』(東洋文庫618、619)
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