1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
アーネスト・サトウによる 東京近郊観光ガイドの決定版 |
当欄では、イギリスの外交官アーネスト・サトウの命日・8月26日に因んで、一昨年の2017年8月24日には伝記『アーネスト・サトウ伝』、昨年の8月23日には氏の日記『日本旅行日記 1、2』を取り上げましたが、今年もやりますよ。今回紹介するのは、氏の手による観光ガイド『明治日本旅行案内 東京近郊編』です。
サトウに関しては当欄でさんざん触れていますので説明を省きますが、幕末から明治にかけて活躍した、〈日本語を自在に駆使する日本駐在の外交官の先駆者〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」、「サトウ」の項)とだけいっておきましょう。
で、この『明治日本旅行案内 東京近郊編』。これ、正真正銘の観光ガイドなんです。
たとえば最初のページ。「概説」で列記されるのは、ホテル、日本旅館、洋食料理店、和食料理店などの名前に始まり、公立図書館や電信中央局、人力車の料金、著名な祭事一覧なども掲載しています。現代のガイドと比較しても、コンテンツは引けをとりません。
それを踏まえた上で、個人的には「読み物」として非常に面白いものでした。
なぜか。理由は3つです。
(1)「歴史」への言及が多い。
たとえば「鎌倉」のくだり。執権政治まで細かく解説し、鶴ヶ岡八幡では実朝の暗殺シーンまで描写する。
(2)寺社仏閣を芸術品として高く評価している。
たとえば、〈東京巡りで最初に訪れるべきところの一つだ〉と評価する「浅草寺」では、本殿の天井の絵まで詳細に紹介する。
(3)明治<江戸。
〈一八六八年以来この都市は大きな変貌を示しはじめ……〉とサトウは指摘。で、この結論。
〈……二刀差しの姿が消え、駕籠が人力車に変わり、上流階級の人々は洋服を纏うようになり、そして今では洋風の髪型も普及してきている。これらの変化はかつて当地を訪れる外国人にとって大きな魅力であった日本風の光景を町並みから一掃する結果となった〉
「王子」(東京都北区)に対するコメントは、サトウの心情そのものでしょう。
〈近年は飛鳥山の麓付近に製紙工場が建設され王子の静けさと美しさが著しく損なわれてきている〉
サトウが本書で取り上げるのは、辛うじて残っていた“江戸の残り香”なのかもしれません。
ジャンル | 紀行 |
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時代・舞台 | 明治時代の日本 |
読後に一言 | 何かと「伝統」を口にする日本の某政治家は、「明治維新」も同じように大好きと公言していますが、日本の伝統を一掃したのは、ほかでもない、明治政府であったことが本書から読み取れました。 |
効用 | 本書では、「鹿鳴館」などはスルーされています。何が取り上げられ、何が取り上げられなかったか。そこにサトウが評価した日本が見えてきます。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 中央の庭にあるその他の建物は、すべて最近完成されたものでそれほど興味をそそるものではない(増上寺について)(「東京とその郊外」) |
類書 | イギリス女性バードが見た明治の日本『日本奥地紀行』(東洋文庫240) 江戸時代の観光ガイド本『江戸近郊道しるべ』(東洋文庫448) |
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