1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
モンゴル人の気宇壮大さを伝える 13世紀ごろに成立した最古の歴史書 |
最近、『三国志 正史』を読む機会があったのですが、これがなかなか面白い。歴史という大きな物語の中で翻弄される個々人の物語に、心のあちこちを揺さぶられるのです。それでは、ということで、二匹目のドジョウ的な読書体験を狙って、モンゴルの歴史書を手に取ってみました。『モンゴル秘史 チンギス・カン物語』です。
『モンゴル秘史』は漢名で『元朝秘史』とも呼ばれ、〈モンゴル人がみずからの言葉で記した最古の歴史書的文献〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)です。〈13世紀に成立〉し、〈一代の英雄チンギス・ハーンの生涯を中心とする物語で,モンゴルの古典文学中最も芸術的完成度が高い。歴史文学の書としてだけでなく,言語学,民俗学の資料としても重要〉(同「世界文学大事典」)というとてつもない代物です。
その出だし。
〈上天(あまつかみ)からの定命(さだめ)によって〔この世に〕生まれ〔出〕た蒼い狼(ボルテ・チノ)があった。その妻は白い牝鹿(コアイ・マラル)であった〉
蒼い狼と白い牝鹿の夫婦は、解説によれば、〈モンゴル部族の共同の族祖〉だそうです。
ここからさまざまな部族の口承をベースにした伝説が語られるのですが、これが実に独特の語り口なのです。
歴史書には通常、語り手(書き手)がいて、ひとつの視点で整理されます。いってみれば、歴史書を作らせた施政者にとって都合の良い物語を紡いだともいえるでしょう。そして歴史書の多くが、編年体です。
ところが、『モンゴル秘史』はそれとは異なります。かといって『三国志 正史』のように紀伝体として整っているわけでもなく、いろいろな物語が交錯しながら蠢いている感じ(純文学系の小説で、現実と非現実とが絡み合う作品がありますよね? あんな印象です)。油断すると、そのまま物語のリズムの中に溺れてしまいそうになる、不思議な世界なのです。
きっとこれがモンゴルなのでしょう。
細かいことに囚われないモンゴル人の気宇壮大さが、『モンゴル秘史』にはあるように感じました。こうした気構えゆえに、チンギス・カン(チンギス・ハン、テムジン)というスケールの大きい英雄も生まれたのでしょう。『モンゴル秘史』の大きな物語は、モンゴルの風土そのものなのです。
ジャンル | 歴史/文学 |
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舞台・成立 | モンゴル/13世紀ごろ |
読後に一言 | ちまちまとした年表が大好きです。ヒーローには到底なれません。 |
効用 | 本書の約三分の二を占めるのは、チンギス・カンの英雄的生涯です。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 艱難(くるし)みて来たれる僚友(とも)にこそ、僚友にならん(第2巻、巻八) |
類書 | オスマン帝国の歴史家による史書『モンゴル帝国史(全6巻)』(東洋文庫110ほか) モンゴルの英雄譚『ゲセル・ハーン物語』(東洋文庫566) |
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