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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 771

『バラガンサン物語 モンゴルの滑稽ばなし』(若松寛訳)

2019/09/05
アイコン画像    腐敗した権力に“ほら吹き”で
戦ったモンゴルのヒーロー

 日本って、いつからこんな息苦しい国になったんですかねぇ。演説会で野次れば取り押さえられるって、いったいどこの独裁国でしょうか(そのくせ、国会で国のトップが口汚く野次るのは許されるのです)。権力を監視するはずのマスコミは、権力側にベッタリで大本営発表ばかり。「この識者、急に政府の肩を持ち始めたなあ」と思って調べてみれば、政府の委員に就任していたり、一緒に飯をくっていたり。

 じゃあどうすりゃいいの?

 本書はある意味、その答えのひとつかもしれません。

 『バラガンサン物語』は、19世紀のモンゴルで盛興した口承文学です。近代化の波にのまれたモンゴルでは、権力の腐敗が進行していました。〈お上にはへつらい、善良な民衆には酷薄なお大尽〉が好き勝手に振る舞い、小役人は言うにおよばず。拠り所となるべき僧侶も堕落。肝心のお上はというと目も当てられません。


 〈雨が降ろうと風が吹こうと天の勝手、人を斬ろうと殺そうとお上の勝手〉


 困るのは一般大衆です。で、そこに颯爽と登場するのが、我らがヒーロー「バラガンサン」です。あえて訳すなら「ほら吹き男」。

 ほら吹きのどこがヒーローかって? バラガンサンはただの嘘つきじゃありません(決して街頭演説で嘘の実績を並べ立てたりしませんし、統計の数字をごまかすことも文書を改竄することもありません)。ホラ=知恵を用いて、権力者を一敗地にまみれされるのです。

 たとえば必ず二倍の利息を取り立てる冷酷な高利貸し。

 バラガンサンは何をしたと思います? 彼は高利貸しの元へ「蚤」を借りに行くんです。オチが見えましたね。バラガンサンは借りた蚤を倍にして返したという……。


 〈このわしを今すぐだまして馬から下ろしてみよ!〉


 できなければ首を斬り落とすと、王から理不尽な要求を突きつけられても、バラガンサンは平気の平左です。


 〈馬に乗った人を下ろすのはちと難しいですな。でも人を馬に乗せるのは簡単です。王さまが下りて来られたら、すぐに乗せてご覧に入れます〉

 興奮した王さまは、〈わしを馬に乗せてみよ!〉とすぐに馬から飛び下ります。それを見たバラガンサン。


 〈ほれ、王さまを馬から下ろしたじゃないですか〉


 胸がすきますな。



 

本を読む

『バラガンサン物語 モンゴルの滑稽ばなし』(若松寛訳)
今週のカルテ
ジャンル説話
時代・舞台19世紀の中国(内モンゴル)など
読後に一言「笑い」は常に、権力の対抗手段でした(江戸時代の戯作を想起してください)。日本では笑わせる側が権力と手を組んでいるのだから嘆息します。
効用何より、物語として面白い! モンゴル人の頓知を味わってください。
印象深い一節

名言
角のない牛は頭突きしたがる。力のない人は突っ掛かりたがる(第二集「単篇ばなし」)
類書モンゴルで語り継がれてきた英雄譚『オルドス口碑集』(東洋文庫59)
トルコの滑稽ばなし『ナスレッディン・ホジャ物語』(東洋文庫38)
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