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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 752

『増補 世界の一環としての日本1』(戸坂潤著 林淑美校訂)

2019/09/26
アイコン画像    ファシストは“道徳”を利用する――。
哲学者が看破した独裁政治家の手口

〈過去数年来の日本に於ける右翼団のテロ行為、満洲事件、上海事変、それから北支事件など、所謂非常時は容易に解消しさうにもない〉


 本書の一節ですが、著者の戸坂潤が昭和10年の時点で、こう認識していたのも当然です。

・昭和5年
 浜口雄幸首相を右翼が襲撃

・昭和6年
 右翼と軍部のクーデター未遂(3月事件)
 満州事変

・昭和7年
 上海事変
 犬養毅首相暗殺(5・15事件)

・昭和8年
 日本は国際連盟を脱退

と日本は戦争への道をひた走っていたのですから。

 戸坂はこの時代にあって、〈非合理的な国家主義,日本主義が台頭し,ファシズム体制が強化される時代のなかで,哲学を〈思想の科学〉としてとらえ,(中略)多彩な批評活動〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)を行なった哲学者です。

 私は本書を一読し、戸坂の批評が、今の日本を論ずるにも有用であることを確信しました。


 〈ファッシズム・イデオロギーの特色の一つが、何より文化呼ばはりを好むといふ点にあることは、見逃されてならぬ点だ〉


 〈世界のファッショ達は押しなべて道徳屋であることは有名である。彼等は凡て風紀屋である〉


 ファシストの政治家にとって、文化とは「自国文化」なのです。戸坂いわく、〈排他的でなければ成立しない文化のこと〉です。政治家は頻繁に、「日本の文化や伝統は素晴らしい」というフレーズを口にしますが、戸坂の分析を借りれば、これこそファシストの口舌なのです。

 なぜか。このフレーズには批評性がありません。無批判の賞賛があるだけです。自国文化礼賛が行き過ぎれば、日本は素晴らしい→日本批判はもっての外→自国批判は売国奴……という理屈が簡単に導き出されてしまうのです。〈ファッショ達は押しなべて道徳屋〉というのはつまりそういうことで、「日本を賞賛する人間は素晴らしい」という道徳に絡め取って、私たちの批判や発言を封じることこそ、ファシストの政治家の本質といえるでしょう。

 さて今は? ネットの書き込みには「売国奴」なる単語が氾濫しています。書き込んでいる人の大半は、右も左もそれが「道徳的に正しい」と信じています。ですがこの振る舞いは、ファシズムへと繋がっているのです。



本を読む

『増補 世界の一環としての日本1』(戸坂潤著 林淑美校訂)
今週のカルテ
ジャンル評論
時代・舞台1930年代の日本
読後に一言戸坂は本書で、「文化」や「伝統」という名称に気を許し絡め取られていく文化人の代表として、小林秀雄を挙げます。事実、太平洋戦争開戦の興奮を小林は記しています(少し長いですが……)。
〈宣戦の御詔勅捧読の放送を拝聴した。僕等は皆頭を垂れ、直立してゐた。眼頭は熱し、心は静かであつた。畏多い事ながら、僕は拝聴してゐて、比類のない美しさを感じた。やはり僕等には、日本国民であるといふ自信が一番大きく強いのだ。〉(「三つの放送」)
 戸坂の危惧は当たったのです。
効用戦前の日本に、こうした冷静な批評をする人間がいたことに、驚くでしょう。
印象深い一節

名言
日本は世界的な角度から見られねばならぬ、といふのが私の一貫する態度だ(「序」)
類書同著者の評論『思想と風俗』(東洋文庫697)
明治・大正期の世相を分析『明治大正史 世相篇』(東洋文庫105)
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