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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 753

『増補 世界の一環としての日本2』(戸坂潤著 林淑美校訂)

2019/10/03
アイコン画像    政治家のフレーズに騙されるな!
戦前の哲学者が抱いた危機感とは

 まったくもって唐突ですが、皆さんは「近衛文麿」について、どんな感想をお持ちでしょうか。

 なぜ近衛文麿かというと、別に誕生日が近い(1891年10月12日)ということではなく、戸坂潤の『増補 世界の一環としての日本2』の中に、ハッとさせられる近衛評を見つけたからです。

 ご存じのように近衛文麿は、戦前、〈三たび首相となった貴族政治家〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)です。〈太平洋戦争開戦後も戦争の将来について憂慮〉(同「国史大辞典」)したり、天皇に「近衛上奏文」を上奏し終戦をはかったり、あるいは終戦直後の自決など、個人的には悪くないイメージを持っていました。

 ところが同時代人の哲学者・戸坂の著書を読むと、「近衛を信用するな」という主張で貫かれていました。人気がなかったわけではありません。むしろ、前内閣の不人気、社会保健(社会保険)政策の発表などが相まって、国民的好感度が高かったようなのです。

 なぜか。この分析に戸坂の筆は冴えます。


 〈……民主的な社会政策の代りに広義国防、デモクラシーの代りに政党改革(新党運動・選挙法改革等)といふわけなのである〉


 戸坂によれば、近衛内閣は言論操作やPRに長けているのです。この中の〈広義国防〉とは、1934年の陸軍パンフレットで提唱された考え方で、〈国防の観点から国民生活の安定,農山漁村の更生,国民教化の振興などの問題をも提起〉(同「世界大百科事典」)しているのが特徴です。つまり、近衛内閣は社会保険政策として「広義国防」を喧伝したわけです。同様に民主主義を推し進める代わりに、政党改革実行を口にすることであたかもデモクラシーの道を進んでいるように思わせたのです。


 〈口先きの言葉は何でもよい。困るのはこの儀礼的な合言葉がやがて実質を持つやうになることだ〉


 これは近衛が使う〈広義国防〉に対する疑義です(現内閣が「積極的平和主義」の名の下に集団的自衛権の行使容認を閣議決定した手法とよく似ていませんか?)。


 〈民衆は依然として、かゝる支配者(近衛)の支配的常識を、また自分自身の常識として服用すべきであらうか〉


 支配者の口にするフレーズ(刷り込み)を、あたかも自明のものとしてしまう……。戦前日本の末路をみれば、それが間違いであることは明白なのですが。



本を読む

『増補 世界の一環としての日本2』(戸坂潤著 林淑美校訂)
今週のカルテ
ジャンル評論
時代・舞台1930年代の日本
読後に一言戸坂の言説は刺激的でした。ですがその戸坂は、〈志を曲げず時代と戦ったが,44年9月に下獄,太平洋戦争敗戦直前の45年8月に獄死〉(同「世界大百科事典」)したことを付け加えておきます。
効用2巻ではメディア批判に多くを割いていますが、この批判(↓)は今も有効でしょう。
印象深い一節

名言
今日のブルジョア新聞は、世界を挙げて、社会の木鐸(ぼくたく)たる批判的思想的政治的職能を放擲(ほうてき)し、専らニュースの報道に力をつくすか、センセーショナリズムに身をやつす他ない(「増補」 2「「輿論」を論ず」)
類書社会主義運動家・山川菊栄の自伝『おんな二代の記』(東洋文庫203)
明治の庶民生活史『明治東京逸聞史1、2(全2巻)』(東洋文庫135、142)
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