1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
唐詩と並び中国を代表する宋詩 その世界を(やや辛口で)味わう |
秋の夜長に、漢詩でも味わおうか。当初はそんな気軽な気持ちで本書を手に取ったのですが、そんな生半可な姿勢は許してもらえないようでして……。
〈発掘の努力を示すために、頑なに見慣れない作品を選んだり、文学の骨董を古典文学の中に混ぜこぜにしたりはしなかった。もし、見慣れない作品がすでに血が通わなくなって虫の息も漏れぬほどであれば、静かに永遠の眠りについていただくのが一番好い〉
こんな覚悟(皮肉?)を前に、どうしてお気楽でいられましょう。
著者・銭鍾書(せんしょうしょ/チエンチョンシュー、1910~1998)は、英仏への留学経験を持ち、〈完璧な中国の古典的教養と、驚嘆すべき西欧風の学識をあわせもつ空前絶後の大才〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)と評価される文学者です。氏が選録した南北両宋の詩人80人の詩を、人物評と共に紹介するのが本書なのです。
たとえばこんな調子です。
〈……語調はより勇壮で、さながら天の果てに頭を出し、地球をゴムまりのように蹴飛ばすことができそうなほどである。(中略)語句はたしかに奇抜ではあるけれども、内容はむしろ当時でさえすでに陳腐と見なされそうなものが多く、それが彼の欠点である〉(「王令」)
歯に衣着せぬ物言いは、気持ちよいですな。
宋詩は、〈硬質な知性を特色とし,唐詩とならんで中国の詩の一方の典型とされている〉(同「世界大百科事典」)と評価されていますが、銭鍾書は、やや皮肉な捉え方をしています。
〈唐詩という手本があるということは、宋人にとって大いなる幸福であると同時に、また大いなる不幸でもあった〉
よい手本があることで、自分たちの詩に磨きをかけることができた反面、〈模倣と依存という惰性的な姿勢をほしいままにした〉と断じます。
見方を変えれば、本書は、そんな厳しい選者のお眼鏡にかなった詩を集めた、ともいえるわけです。
ではこの中から、私が特に気に入った詩を紹介します。
〈寒林 残日 棲まんと欲するの烏
壁裏の青灯 乍(たちま)ち有りては無し
小雨 愔愔(あんあん)として 人は仮寐(かび)し
臥して聴く 疲馬(ひば)の残芻(ざんすう)を齧(か)むを〉(晁端友「宿済州西門外旅館」)
ジャンル | 詩歌/評論 |
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刊行年・舞台 | 1958年/中国 |
読後に一言 | 「宿済州西門外旅館」の通釈。 〈寒々とした林に夕日が沈みゆき、カラスはねぐらに帰ろうとしている。壁の内側では、青白い灯が、時に明るく時に暗くちらちらと点る。〔そのうちに〕小雨が音もなく降り始め、私はまどろみ、横になって、疲れた馬が残り物のまぐさを食べる音にじっと耳を傾けた〉 2~4巻は、不定期で紹介します。 |
効用 | 宋詩の世界を味わうのに、これ以上相応しい本はないでしょう。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 詩は血もあり肉もある生き物である。(序) |
類書 | 唐詩アンソロジー『唐詩三百首(全3巻)』(東洋文庫239ほか) 唐の詩人・白楽天の詩集『白居易詩鈔』(東洋文庫52) |
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