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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『宋詩選注2』(銭鍾書著 宋代詩文研究会訳注)

2019/10/24
   中国の近世を代表する詩文家が
挫折の果てにたどり着いた境地とは

〈散文における唐代・宋代のもっとも優れた作家8人〉を総称して「唐宋八大家(とうそうはちだいか)」というんだそうです。彼らの散文集の〈和刻本が何種類も出版されるほど、わが国で流布した〉そうですから、その影響は計り知れません(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)。

 唐突にこんな話を始めたのには訳があります。本書『宋詩選注2』で、最も多くのページを割くのが、唐宋八大家のひとり、蘇軾(そしょく、1037~1101)なのです。『三国志』の決戦「赤壁の戦い」を詠んだ「赤壁賦」で広く知られ、辛口批評の本書著者・銭鍾書でさえも、〈宋代で最も偉大な文人〉とべた褒めです。

 蘇軾は、〈44歳のとき、詩文によって朝政を誹謗したとして御史台(司法機関)の獄に投ぜられ、死罪の危機に直面〉します。〈中国では初の筆禍事件として知られる〉(同「ニッポニカ」)そうです。


〈暮雲(ぼうん) 収まり尽きて 清寒 溢れ
銀漢 声 無くして 玉盤 転ず
此の生 此の夜 長(つね)には好(よ)からず
明年 明月 何れの処にか看ん〉(蘇軾「中秋の月」)


 蘇軾は中秋の月を眺めています。夕暮れの雲は消え、清々しい冷気に満ちています。夜空には天の川(銀漢)は音も無く流れ、玉の皿のような丸い月(玉盤)。


 〈この人生と中秋の夜が、いつも今宵のようにすばらしいとは限らない。この明月を来年はいったいどこで眺めることになるだろうか〉


 蘇軾、この時42歳。この2年後に投獄されることになるのですが、予見していたかのようです。蘇軾は死罪を免れますが、以後何度も流罪に。過酷な人生です。

 しかし逆境にあって、〈蘇軾の詩文は底深い輝きを示しはじめ〉ます。〈深刻な挫折ののちに強いられた閑居と労働の日々にあって,人間存在の意味するものを深く問い,それがもたらす深いよろこびをしみじみと表現するに至った〉のです(同「世界文学大事典」)。


〈横に看れば嶺と成り 側(かたわら)よりすれば峰と成る
遠近 高低 各おの同じからず
廬山(ろざん)の真面目(しんめんもく)を識(し)らざるは
只だ身の此の山中に在るに縁(よ)る〉(「西林の壁に題す」)


 遠くから見れば連山。近くから見上げれば独立峰。見る場所によって山は姿を変える。廬山の真の姿(真面目)を見極められないのは、私が山中にいるからだ。

 蘇軾49歳。静かで深い境地です。



今週のカルテ

ジャンル詩歌/評論
刊行年・舞台1958年/中国
読後に一言「宋詩選注」シリーズ第二弾です。
効用蘇軾をはじめ、25人の宋代の詩人+詩を紹介しています。
印象深い一節

名言
私は普段これといって楽しみはないが、ただ文章を作ることだけは、何かアイデアが浮かぶと、筆がおのずと走って、思ったことのすべてを描くことができる。(蘇軾のことば、「唐庚」)
類書南宋の都市の賑わいを活写『夢粱録(全3巻)』(東洋文庫674ほか)
中国・六朝時代の詩人『陶淵明詩解』(東洋文庫529)
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