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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 789

『ヴォルガ・ブルガール旅行記』(イブン・ファドラーン著 家島彦一訳註)

2019/10/31
アイコン画像    約1000年前の中央アジアとは?
その驚きに満ちた、死、性、自然。

 時は921年。イラクを中心とした中東には、「アッバース朝」(イスラム帝国)が栄えていました。日本でいうと平安時代です。

 そんな折、帝国の首都・バクダード(バグダッド)から、外交使節団が出発します。目的地はカスピ海の北、ヴォルガ・ブルガール王国(現ロシア)です。〈ヨーロッパで最長〉であり、〈バルト海,白海,黒海を結ぶ河川輸送の大動脈〉の〈ボルガ川〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)沿岸にあるサカーリバ(ヴォルガ・ブルガール)王の夏季本営のハッルジャは、当時の主要都市でした。そこに約1年かけて辿り着くのですが、その道中の記録(報告書)が、本書『ヴォルガ・ブルガール旅行記』です。

 事実上の使節団代表であるイブン・ファドラーンによる記録なのですが、これがすこぶる面白い! 中東の人間にとって、北の地は、自然も文化も未知の世界。白夜のような状況に驚き、オーロラに驚き……と「驚き」に満ちているのです。実際、この報告書は影響が大きく、訳注者の家島彦一氏いわく、アッバース朝の〈北方地理概念の形成に重要な役割を果たしたに違いない〉とか。

 ファドラーンはイスラム世界の人間ですので、判断基準に「コーラン」があります。つまり、イスラム教の教えと異なる風習に、ピピッとアンテナが反応するわけです。その代表的なものが「性」と「死」。

 たとえばルース人(ノルマン系の「河川と陸のヴァイキング」といわれていた集団)についてのくだり。

 彼らの中の首長が死ぬと、首長の家族は奴隷に向かって、〈その御方と一緒に死ぬ者は誰か〉と尋ねます。この時はひとりの女奴隷が申し出ました。決まると、〈女奴隷は、毎日、享楽と歓喜にわれを忘れて酒を飲み、歌をうたっていた〉とあります。遺体は船に安置し、着飾らせます。ここからが壮絶なのですが、遺体のある船の天幕の中で、関係する男たち6人が、この女奴隷と次々に交わるのです。事が終わると「死の天使」と呼ばれる老婆の出番です。〈老婆は、{二重に折り曲げた}縄を彼女の首に置き、他の二人にその縄を引くように〉促します。そして、〈刃幅の広い短剣〉で、〈彼女の胸のあちこちをぶつぶつと突き刺したり、抜いたり〉します。最後は、首長と死んだ女奴隷を乗せた船が燃やされ、儀式は終わります。

 なんという性! なんという死! 本書に多数登場する「性」と「死」に、私はひとり圧倒されたのでした。



本を読む

『ヴォルガ・ブルガール旅行記』(イブン・ファドラーン著 家島彦一訳註)
今週のカルテ
ジャンル紀行/風俗
時代・舞台10世紀/イラク、イラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、ロシア
読後に一言詳細な注に、訳者の熱い思いを感じました。研究はこうでなくっちゃ。
効用多種多様な中央アジア諸民族の当時の暮らしぶりが見えてきます。
印象深い一節

名言
(オーロラを見て)その雲の中に人間と馬に似たものがあり、さらに雲の中にある人間らしきおぼろげな形{の手}には、私がまさしくはっきり識別し、その像をくっきりと描くことができるような槍と刀があった。(第三章「サカーリバ王国」)
類書同訳者の手による、14世紀のイスラム旅行家の紀行『大旅行記(全8巻)』(東洋文庫601ほか)
13世紀、マルコ・ポーロの旅行記『東方見聞録(全2巻)』(東洋文庫158、183)
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