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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『催馬楽』(木村紀子訳註)

2019/11/07
   奈良・平安時代の歌謡曲?
「催馬楽」にみる生のエネルギー

 ラグビーワールドカップの熱狂醒めやらぬ昨今ですが、日本代表の応援ソングとして定着したのが「ビクトリーロード」です。「カントリーロード」の替え歌ですが、「カントリーロード」がアニメ映画『耳をすませば』(スタジオジブリ/1995年)の劇中歌で使われていたこともあって、中学生の息子は、あれが日本の歌だと信じていました。もちろん、ジョン・デンバーなんて知りません。

 考えてみれば、「外国の曲に日本の詩をつける」という行為を、日本人は当たり前のようにしてきました(「蛍の光」や「仰げば尊し」が有名ですね)。実はこれ、平安時代も行なわれていたことだったのです。

 それが『催馬楽(さいばら)』です。〈中古以後に行なわれた歌謡の一種。主に上代の民謡の歌詞をとって、外来楽である雅楽の曲調にあてはめたもの〉で、〈平安中期に全盛をきわめ、応仁の乱後廃絶〉しました(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)。

 奈良時代に民間で歌われていた歌詞を、平安時代に中国から来た音楽に乗せてしまったというわけです。催馬楽の成立に渡来人が大きく関わったと推測する筆者は〈全体から発する陽気でからりとした感性も、大陸の名残であろうか〉と指摘します。中国など大陸ののいいとこどりですね。

 ではどんな中身なのでしょうか。


 〈さけをたうべて たべゑうて たふとこりぞ まうでくぞ よろぼひぞ まうでくる まうでくる まうでくる〉(「酒飲」)
(訳)〈お酒を頂き、頂き酔うて、尊大無礼もなんのその。いざ参上。千鳥足だぞ。参上、参上、参上〉


 宴もたけなわ、ぐでんぐでんに酔っ払ってよろよろしながら、この催馬楽を歌い踊ったのでしょう。

 これなんてもっとすごいですよ。


 〈かすがひも とざしもあらばこそ そのとのど われささめ おしひらいてきませ われやひとづま〉(「東屋」)
(訳)〈鎹(かすがい)や錠前があるのならそれを閉ざしもしますけど(馬屋にそんなものはありませんよ)。遠慮なく押し開いてどうぞ。わたしがひと妻とでもいうのですか〉


 ある雨の日、馬屋の軒先に男が立っています。「濡れているから開けてくれ」という。それに対する女性の返答です。〈おしひらいてきませ〉とは意味深です(この女性を、本書では新妻としています)。

 催馬楽は、市井の人々のエネルギーに満ち満ちていたのでした。



今週のカルテ

ジャンル音楽/芸能
時代・舞台奈良・平安時代の日本
読後に一言雨乞いの無力さや凶作を、カエルやネズミに当たり散らした歌(無力蝦)もあります。
効用『新編日本古典文学全集』42巻にも、本書と同様の催馬楽が掲載されています。ジャパンナレッジで、訳や細かな解釈の違いを読み比べてはいかがでしょうか。
印象深い一節

名言
「さいばら」を、その歌ことばの発祥の場に求めて、歴史の彼方に名もなく埋もれた人々の、息づかいや笑い声がすぐそこに聞こえるような、奈良の京の今様歌として、耳を傾けるつもりで読みすすめてゆきたい。(「さいばら」への誘い)
類書平安時代の説話集『今昔物語集(全10巻)』(東洋文庫80ほか)
平安時代の仏教書『往生要集』(東洋文庫8、21)
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