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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 733

『宋詩選注3』(銭鍾書著 宋代詩文研究会訳注)

2019/11/14
アイコン画像    国を愛するとはどういうことか
宋代の詩人の中にみる「憂国心」

 宋代には「中興の四大詩人」(あるいは「南宋の四大家」)と高く評価された詩人がいたそうです(すべて本書『宋詩選注3』で紹介されています)。4人は同年代で、〈相互に敬服し合う友人同士〉だったとか。銭鍾書の評で、ひとりずつ見ていきます。


 陸游(りくゆう/1125~1210)〈独自の境地を切り拓き、英雄の気概を備えた陸游の愛国詩〉
 范成大(はんせいだい/1126~1193)〈民衆の苦労に同情を寄せた〉、〈詩風は、大変軽妙である〉
 楊万里(ようばんり/1127~1206)〈詩風改革の最も中心的な詩人〉、〈いい加減な作品をたくさん書き残した〉
 尤袤(ゆうぼう/1127~1194)〈彼の詩はみな平凡な作で、(中略)(他の3人に)とうてい及ばない〉


 四大詩人の楊万里、尤袤も容赦なくこき下ろす銭鍾書。相変わらずの辛口です。評価の高かった陸游と范成大ですが、共通した思いが見て取れました。それは“憂国心”です。まずは陸游から(「大風に城に登る」の一部)。


〈我 城に登りて大荒(たいこう)を望まんと欲し
勇んで国の為に河湟(かこう)を平らげんと欲す
才は疎 志は大にして 自ら量らず
東家 西家 我が狂を笑わん〉

(訳)〈私は城壁に登って、天地の果てまで見渡そうとし、勇ましくも国のために西北の河湟の地を平定したいと思っている。才が乏しいくせに志は大きく、身の程をわきまえない。東の家でも西の家でも、きっと私の物狂おしさを笑っていることだろう〉


 この時代、南宋は、女真族の金に華北を奪われたままです。陸游はそのことを嘆き、〈侵略者金への徹底抗戦を主張し、それを詩に歌い続ける剛直激情の愛国詩人〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)でした。


 一方の范成大(「後催租行」の一部)。


〈室中 更に第三女 有れば
明年 怕(おそ)れず 催租の苦しみ〉


 年貢の取り立ての詩です。この家では、貧しさのため、長女と次女を人買いに売り渡しています。三女がいるから来年は年貢の取り立てを心配しなくていい、とは! 范成大は農民の貧しさを描写することで、国のあり方を批判したのでした。

 陸游も范成大も、詩の力を用いて国を批判し続けました。国を愛するからこその叫びでした。



本を読む

『宋詩選注3』(銭鍾書著 宋代詩文研究会訳注)
今週のカルテ
ジャンル詩歌/評論
刊行年・舞台1958年/中国
読後に一言「日本国語大辞典」によれば、「憂国心」は「Patriotism」の訳語として用いられています。パトリオティズムとは「愛郷心・愛国心」のこと。だからこそ、国が間違った方向に行けば、異を唱え、憂えるのです。無批判に政府に追随することも、他国を罵ることも、愛国心ではありません。
効用「南宋の四大家」を含む、16人の宋の詩人を紹介しています。
印象深い一節

名言
死し去れば 元より知る 万事 空しと(死んでしまえばすべてが空しいなどということは、もとより分かっている)(陸游の絶筆「児に示す」)
類書陸游の長江船旅日記『入蜀記』(東洋文庫463)
范成大の名紀行文集『呉船録・攬轡録・驂鸞録』(東洋文庫696)
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