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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 774

『上代支那正楽考 孔子の音楽論』(江文也著)

2019/11/21
アイコン画像    孔子は、音楽家だった!?
台湾出身の作曲家が大胆推理

 〈孔子は音楽家であつた〉

 こんなふうに断言されて、驚かない人はきっといないでしょう。目が点とはことのことです。

 これを唱えたのは、江文也(こう・ぶんや)。〈台湾出身の作曲家〉で、〈13歳の時日本に留学〉、〈東京音楽学校で声楽や音楽理論を学〉びました。作曲家としての評価は高く、〈日本軍支配下の北京に渡り〉、〈北平師範大学音楽系で教え〉ます。〈終戦時北京におり対日協力者として捕らえられ〉、のちのちまで中国で〈激しい批判を受け〉続けました(ジャパンナレッジ「岩波 世界人名大辞典」)。妻子を日本に残したまま、そのまま中国で亡くなります。戦争に翻弄された1人といえるでしょう。

 さて本書『上代支那正楽考』です。江は『史記』や『論語』などの文献の中から、孔子の音楽関係の記述を探し出します。


 〈孔子二十九歳、衛に適き琴を学ぶ〉(『史記』(考証)「孔子世家」)


 江によれば、孔子は、〈琴を一刻もその身辺から離したことがない〉といいます。また、〈琴の演奏にかけては、かなりの演奏家であった〉と推察します。

 では、なぜそこまで“音楽”が大切なのか。

 古代中国では「礼」がことさら大事だとされてきました。儒教では「礼」を、〈人の道として踏み行なうべき最も重要な規範〉(ジャパンナレッジ「日本国語辞典」)と考えました。江いわく、楽は「天」であり、礼は「地」なのです。表裏一体の関係です。


 〈楽は天地の和なり。礼は天地の序なり〉(『礼記』「楽記」)


 実際、孔子もこう説いています。


 〈人として仁ならずんば、礼を如何せん。人として仁ならずんば楽を如何せん〉(『論語』「八佾」)


 礼を重んじる孔子ならばなおさら、同様に楽を重んじた。これが江の説です。


 〈楽は孔子にとつては、それ自身がすでに道徳的であり、それ自身がすでに濁りのない一つの美しい世界を持つて居る〉

 『礼記』(「楽記」)を引きながら、江は、〈音楽は人と人との間の感情を統同〉すると言います。つまり、音楽が〈感情や感覚〉に訴えることで、人々の調和や統合を図ることができる。これが江の考える孔子の意図であり、おそらく江自身の願いであったのでしょう。

 本書は、日中戦争のさなか、日本で出版されました。



本を読む

『上代支那正楽考 孔子の音楽論』(江文也著)
今週のカルテ
ジャンル音楽/評論
刊行年・舞台1942年刊行/中国
読後に一言〈実に、われわれの現実には数限りなく、さまざまの矛盾に満ちて居る〉という江の一文の裏にあるものを、私は考えます。
効用音楽評論としても、エッセイとしても、非常に優れた読み物です。
印象深い一節

名言
美的なものは常に人間から出発する(成於楽)
類書孔子が編集したとも伝わる中国・古代歌謡「詩経」から各地域の歌謡を集めた『詩経国風』(東洋文庫518)
孔子も登場する、中国小説の祖『捜神記』(東洋文庫10)
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