1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
宋詩の中にみる「愁い」とは? 秋の終わりに嘆き悲しむ |
【愁】〈形声。心が形を表し、秋(しう)が音を示す。秋には、小さくちぢむという意味を含む。愁は、心が小さくちぢんで、心細い気持ちをいう〉(ジャパンナレッジ『新選漢和辞典 Web版』)
郷愁、旅愁、孤愁……と、秋には「愁い」の気持ちがしっくりきますが、よくよく見てみれば、「秋」に「心」で「愁い」なのでした。〈秋には、小さくちぢむという意味を含む〉とあるのは、冬に向かっていくさまと重ね合わせたのでしょうか。
漢詩にも「愁い」はつきものです。『宋詩選注4』の中から、「愁い」の名詩を紹介しましょう。
〈一春(いっしゅん) 一夏(いっか) 蚕の為(ため)に忙しきも
織婦(しょくふ)は布衣(ふい)にして 仍(な)お布裳(ふしょう)せり
布 有りて 着るを得ば 猶(な)お自(おのず)から可なるも
今年 麻 無く 我を愁殺(しゅうさつ)す〉
(戴復古(たいふくこ)「織婦の嘆き」)
春も夏も蚕のために身を粉にして働いているのに、機織り職人(織婦)の身につけるものはみすぼらしい麻(布衣、布裳)。それでも麻布があればいいほうで、今年は麻布もない。そのことが〈我を愁殺す〉。
注によれば、「殺」は〈強調の助字〉。つまり、貧しさが私の心をひどく悲しませる、というわけです。春も働き、夏も働き、でも秋になっても貧しいまま。「愁」の持つ悲しさが増幅されます。
〈羸(つか)れし者は其の肩を頳(あか)くし
飢えたる者は其の色を菜のごとくす
憔悴(しょうすい) 天の愁(うれ)いを動かし
搬移(はんい) 地の脈を驚かす〉
(王邁(おうまい)「同年の刁(ちょう)時中俊卿に簡する詩 並びに序」※一部抜粋)
官職を得た友人(刁時中俊卿)を叱責する詩です。
国境の警備のため、兵舎建設にかり出される民。その激務に疲れ果てた者は肩を赤く腫らしている。飢えた者は野菜のように青白い顔をしている。こうした民の憔悴しきったさまは、天を愁えさせ、大きな岩を(兵舎建設のために)運べば、地脈も驚いて揺れ動く。
ところが友人は、さらに仏教寺院の建設を上司に進言します。いったい民を憂える気持ちはどこへいったのか。
〈民は国の本根たり〉
民は国の根本じゃないか、と王邁は嘆くのです。
私利私欲に走る公人(上級国民)……。ああ、私の「愁い」も増してきました。
ジャンル | 詩歌/評論 |
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刊行年・舞台 | 1958年/中国 |
読後に一言 | 今回は気になる漢字一字を、漢詩の中から検索してみたのですが、これはこれでなかなか面白い試みでした。 |
効用 | 『宋詩選注』最終巻です。19人の詩人を紹介します。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 彼(戴復古)の詩の中には、朝廷の政治や国家の現状を非難した句がしばしば見られる。しかも、騒動を起こし、恨みを買うことなど、少しも恐れていないかのようである(戴復古) |
類書 | 宋代の都市と生活を活写『東京夢華録』(東洋文庫598) 宋・元の時代の演劇『宋元戯曲考』(東洋文庫626) |
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