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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 740

『マナス 壮年篇 キルギス英雄叙事詩』(若松寛訳)

2019/12/19
アイコン画像    なんと一つ目の巨人も登場!
キルギスの英雄のハッピーエンドとは

 前回に引き続き、キルギスの英雄叙事詩『マナス』をお届けします。最終回の今回は、「壮年篇」です。「あとがき」によれば、少年篇が9488詩行、青年篇が1万5018詩行、壮年篇が1万4573詩行。てことはあわせて3万9079詩行! 皆さんにとっては「なんのこっちゃ」かもしれませんが、この達成感、共に味わっていただきたく。

 さあ、いよいよクライマックスです。マナスは300万の大軍を率いて、大国クィタイへ進攻します。宿敵コングルバイを倒すためです。

 もちろん、一筋縄ではいきません。クライマックスの戦闘とはそういうものです。むしろ、どんな気の利いたトラップや、乗り越えねばならぬ試練を用意するか、そこにかかっています。


(1)流れ者のアルマムベトを全軍総司令官に任命し、下々の反発を買う。

(2)40日を超える、アルマムベトの昼夜を問わぬ強行軍に兵の不満が溜まる。


 ここまでは想定内かもしれませんが、展開はどんどんファンタジー色を帯びてきます。


(3)一つ目の巨人マケルが出現。


 〈口からは火が噴き出し、目には炎が燃えさかって、それを見た者は身震いした。マケル巨人が猛り狂い、春雷のような轟音を発した〉


 ついでにホビットやドワーフが登場したら、『ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)』になってしまいます。

 とはいえここはキルギス。銃で急所の一つ目を打ち抜き、事なきを得ます。

 そして最後の決戦。

 〈わしはひょっとしたら死ぬかな〉というところまで、マナスは追い詰められます。それでもアルマムベトなどの奮戦で盛り返したマナスは、宿敵との一騎打ちへ。


 〈よく見てくだされ、獅子(マナス)がクィタイ人(コングルバイ)に加えた打撃を。奴の背中から流れ出た真っ赤な血がまだ生暖いままふところに流れ込んだ〉


 マナスの勝利で物語は閉じます。

 キルギスは、この叙事詩が語られ始めたとされる時期よりかなり以前から、数々の国や民族の支配を受けてきた歴史を持ちます。〈17、18世紀以降はジュンガル人、清(しん)朝、帝政ロシアの間接支配下に置かれ〉ました(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)。

 彼らには「勝利」が必要だったのです。



本を読む

『マナス 壮年篇 キルギス英雄叙事詩』(若松寛訳)
今週のカルテ
ジャンル詩歌
時代・舞台英雄時代のキルギス(20世紀半ばに採録)
読後に一言何を語り継ぎたいのか。口承文学だからこそ、人々の夢が、そこに重なるのでしょう。
効用壮大な英雄物語のワールドをお楽しみください。
印象深い一節

名言
キルギス人は強情だ。恨みは放ったらかしにはしておかん。来た者はよく扱い、去った者はとことん憎む。(第一章「六ハーンの謀反(上)」)
類書中国少数民族の英雄叙事詩のひとつ、モンゴル民族の『ジャンガル』(東洋文庫591)
同じくモンゴル民族の『ゲセル・ハーン物語』(東洋文庫566)
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