1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
愛は社会を揺るがす!? 古代インドのあつい恋愛詩 |
新作の論評は避けますが、ジョージ・ルーカスが構想した『スターウォーズ』シリーズが、私たちに大きな影響を与えたことは間違いありません。で、そのルーカスが参考にしたといわれるのが、神話学者ジョーゼフ・キャンベルの神話分析です。キャンベルの入門書ともいえるのが、対談集『神話の力』(ハヤカワ文庫)なのですが、その中に、伝統的な社会では「ロマンチックな愛」が異端だったという記述を見つけて、ハッと立ち止まりました。結婚相手が決められていた時代、自由恋愛は社会構造を揺るがしかねないものでした。
では自由恋愛は最近生まれたものでしょうか。そうではない証拠が、実は東洋文庫にあります。1~3世紀頃のインド、タミル語の詩を集めた『エットゥトハイ』です(ただし、この恋愛が結婚に結びつくかどうかは難しいところです)。吟遊詩人が語ったこれらの詩は、登場人物の1人から別の登場人物の1人に語る、という形式です。
これがね、いいんです。
いくつか紹介しましょう。
〈「ねえ君、恐れることはない」という私の言葉を聞いて、恐がることはない。
足の小さな鵞鳥(ハンサ)が住む砂丘のある
海に囲まれた大地を、たとえ得たとしても、
私は、捨てることなど考えもしない、君との愛を〉
冒頭に、〈初めての出会いで出会った男が、女が別れを恐れていることを知り、励まして語ること〉という主題が書かれています。土地を貰ったってお前を捨てて出て行かない、とは何という熱情でしょう!(たとえそれが刹那の真実だったとしても!)
〈なにかというと「愛(カーマ)だ愛だ」と人々は言う。
しかし、愛は悪霊でも疫病でもない。(中略)
大きな肩をもつお前よ、愛というのはごちそうである〉
前述のキャンベルによれば、決められた結婚以外の愛は不義密通であり、死や苦痛を伴うという考え方もあったそうです。〈愛は悪霊でも疫病でもない〉とわざわざ断っているのは、そう思う人間もいるということなのでしょう。それでも愛で乗り越える。
もちろんすべてがバラ色というわけではありません。
〈愛は本当に惨め。だから、きっと消えてしまう。
そして、私は苦しむばかり〉
現在進行形であれ、過去であれ、恋愛は「何か」を生み出す契機になるのでしょう。
ジャンル | 詩歌 |
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時代・舞台 | 1~3世紀頃のインド |
読後に一言 | 〈恋愛は、人生の花であります〉という坂口安吾の言葉(『恋愛論』)を思い出しました。 |
効用 | 恋愛だけでなく、〈戦い・世の儚さ・世の習いなどを描く英雄文学(プラム)〉の詩も掲載されていますが、これもお勧めです(下の「印象深い一節・名言」参照)。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 悲しみがどんなに大きかろうと、それがなんなのか?/生命(いのち)はやがて滅びるのだから(「プラナーヌール」) |
類書 | 古代インドの愛の実践の書『完訳 カーマ・スートラ』(東洋文庫628) 中世インドの恋愛詩『ミール狂恋詩集』(東洋文庫602) |
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