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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『流行性感冒 「スペイン風邪」大流行の記録』(内務省衛生局編)

2020/01/16
   世界中を襲ったパンデミック
スペイン風邪の貴重な記録

 〈疫病がほとんど征服された今日でも,●●だけは世界的流行をくりかえし,人類最後の疫病といわれている〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)

 さて問題です。●●に入る言葉はなんでしょう?

 正解は「インフルエンザ」。「流行性感冒」のこと。今その季節の真っ最中です。

 インフルエンザの〈歴史は遠く紀元前にまでさかのぼることができる〉(同「ニッポニカ」)とされており、特に1918年から数年にわたって流行した「スペイン風邪」は、〈全世界での患者6億、死亡者3000万に達し、日本でも患者2300万、死亡者38万余という惨禍を残し〉(同前)ました。この数年後に起きた関東大震災の死者・行方不明者は約14万人だといわれていますから、それに比しても「スペイン風邪」の被害が甚大だったことがわかります。

 で、本書は、内務省衛生局がまとめた当時の調査報告書なのです(「桜」と違い、約100年前の報告書がこうして残されているわけです)。

 これがなかなかの労作でして、たとえばインフルエンザの歴史は、紀元前に〈ヒポクラテスの記録〉があった、というところから筆を起こします。日本のみならず、各国の流行状況も記録、統計もばっちりです。

 ではなぜこんな報告書を作成したかといえば、官僚に「危機感があった」ということなのでしょう。


 〈「インフルエンザ」の流行は世界到る所の民族を襲ひ、凡ての社会的階級を冒し、其罹病率と死亡率と共に頗る大なるを以て、之が予防法策を講ずる事は凡ての国民に向つて焦眉の急務なりき〉


 敵(インフルエンザウイルス)を壊滅させる方法がない。考えてみればこれは恐ろしいことで、パンデミック=世界的流行がいったん起きれば、手の施しようがありません。ならばどうするか。この報告書は、当時の官僚たちの奮闘の記録でもあるわけです。

 公務員のことを「公僕」ともいいます。


 〈公務員は、全体の奉仕者として、国民主権の下で、国民の信託を受け、国民のために国政に従事する立場にあり、旧憲法下のように天皇の官吏であってはならないことを意味して用いられる〉(同「法律用語辞典」)


 報告書が書かれた時代は旧憲法下ですが、「国民のため」という意識が感じられます。立派な官僚もかつては存在していたのですね。



今週のカルテ

ジャンル科学/記録
時代・舞台大正時代の日本
読後に一言解説者の西村秀一氏が知人の知らせによって古書店で本書を入手し、東洋文庫のラインナップに加えるよう働きかけたんだそうです。これってすごい話ですよね。
効用貴重な資料であること間違いなし!
印象深い一節

名言
「インフルエンザ」の病原問題は猶ほ未解決なり(第六章「流行性感冒の病原、病理、症候、治療、予防」)
類書日本の医学の歴史『日本医学史綱要(全2巻)』(東洋文庫258、262)
日本の病気の歴史『日本疾病史』(東洋文庫133)
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