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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 237|337

『慊堂日暦3、4』(松崎慊堂著 山田琢訳注)

2020/02/06
アイコン画像    都では自殺者も出た
「天保の大飢饉」を日記でたどる

 〈ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず〉

 『方丈記』(鴨長明)の冒頭です。

 これがあまりにも有名なので、『方丈記』は「無常観」について淡々と書いている随筆だと勘違いしている人がいるかもしれませんが、実は、飢餓に地震に竜巻に、と天変地異を書き連ねていることでも知られています。鴨長明は、書かざるを得なかったのでしょう。無視できないほど大きかった、ということです。

 『慊堂日暦』に記される天保時代もまた、天変地異に多く襲われた時代でした。いちばん大きなものは、「天保の飢饉」でしょう。

 〈天保四年(一八三三)から同七年にかけての全国的飢饉をいう。前後数年をふくめて「七年飢渇(けかち)」ともよばれ、享保の飢饉・天明の飢饉とならぶ近世の大飢饉であった。(中略)山菜でしのぎ犬猫まで食する飢餓に陥った。関東にも大風雨があり、全国各地とも平年の三分ないし七分作で米価騰貴し、各地に餓死や捨子、行倒れが出て、騒動が起った〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)

 『慊堂日暦』の記述を拾ってみましょう。


 〈二年前、奥羽・越飢う。雁の来るもの、野に食なし。多くは湖海に就いて魚介を食う〉(天保6年2月15日)


 鳥だけでなく人も飢えます。特に米価の上昇は著しかったようで、〈近日米価は涌起し、百銭にて七合なり〉(天保4年8月2日)など、米価の記述も多く見られます。

 米価が高騰すれば、貧困層は入手できなくなります。松崎慊堂は次のような悲劇を、伝聞のかたちで書き残しています。


 〈芝の金杉の裏店の夫婦、二子あり。米価が騰貴せる故に食せざること三日、飢えは極まれり。(中略)家主とその戸を破って入れば、夫婦はともに縊死せり〉(天保4年11月30日)


 こんなことを記さざるを得なかった慊堂の心情とは? いや、むしろこういう出来事が頻発していたからこそ、慊堂は記録しようと思い立ったのかもしれません。

 現代の日本では、さすがに飢餓などない。そう思いたいところですが、そう楽天的でもいられません。「世帯の所得がその国の等価可処分所得の中央値の半分に満たない」ことを「相対的貧困」といいますが、日米欧主要7か国のうち、日本はアメリカに次いで2番目に相対的貧困率が高いのです。ほんと、アベノミクスの果実は誰の元にいったのでしょう?



本を読む

『慊堂日暦3、4』(松崎慊堂著 山田琢訳注)
今週のカルテ
ジャンル日記
時代・舞台1829~1836年の江戸
読後に一言『慊堂日暦』の原本の一部も掲載されていますが、その達筆ぶりに感心しました。
効用米価などの貴重な資料も豊富で、風俗の第一級史料としても価値が高い。
印象深い一節

名言
貧しきはもとより余の常なり、然れどもなお未だ窮せざるなり。(天保2年2月14日/3巻)
類書同時代を生きた勝小吉(海舟の父)の半生『夢酔独言 他』(東洋文庫138)
江戸後期の紀行日記『江漢西遊日記』(東洋文庫461)
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