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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 726

『新編 日本思想史研究 村岡典嗣論文選』(村岡典嗣著 前田勉編)

2020/02/20
アイコン画像    「日本思想史学の開拓者」が指摘した
日本が戦争で負けた理由とは?

 〈原因を明らかにし、責任の所在を知る事こそ、将来の為に最も必要である〉

 しごく当たり前ですが、この意見が述べられたのが、敗戦直後の昭和20年9月のことで、空襲のため屋根が半分壊れている東北帝国大学(現東北大学)での講義だったと聞けば、しかもお題が「日本の精神を論じて敗戦の原因に及ぶ」(本書所収「日本精神を論ず――敗戦の原因」)だったと知ればどうでしょう?

 論者は、村岡典嗣(むらおかつねつぐ/1884~1946)。〈日本思想史学の開拓者〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)と評される思想史学者です。

 では村岡は、太平洋戦争の敗戦原因をどこに見たか。


 〈我々はそは、国民の思想的態度、即ち国民精神に対する明瞭なる認識、即ち自覚の欠如に存した〉


 この後に続く文章を含めて私なりに意を汲み取ると、盛んに口にされた「日本人は素晴らしい!」という宣伝文句に、国民だけでなく指導者も陶酔してしまい、何も考えなくなってしまった、ということのようです。

 戦後すぐのこの時期に、非常に冷静に見ている著者の姿勢に、まずは拍手を送りたいと思います。

 しかし村岡の論を推し進めると、「国民精神」に対して明瞭な認識と自覚があればOK、ともとれますし、本人もそう思っているフシがあります。

 では村岡のいう国民精神とはなんぞや?

 村岡の考える日本の特性は二つあって、一つは〈国体〉──〈万世一系〉の〈天皇中心の血族的国家〉で、もう一つは〈世界文化の摂取〉です。西洋思想と日本思想の関わりを冷静に分析し、〈殊に論者の所説に伴ふ神がかり性が累(わざわ)いして、徹底的研究を妨げ、安易な神秘化に陥らしめ〉と戦中の日本精神論者を批判しているのに、結局〈万世一系〉というファンタジーに立ち返ってしまうとは。日本の良さは、儒教や仏教、蘭学、明治期の西洋文化……と外の文化を取り入れたことだ、といっている学者が、それでもなおここにこだわるとは! 何か根深いものを感じます。そこにすがる限り、戦時下の陶酔と同じ感情を誘発してしまうのでは?

 坂口安吾は昭和21年、こう切って捨てました。


 〈天皇制だの武士道だの、耐乏の精神だの、五十銭を三十銭にねぎる美徳だの、かかる諸々のニセの着物をはぎとり、裸となり、ともかく人間となって出発し直す必要がある〉(「続堕落論」)


 私は断然、安吾の立場に立ちたい。



本を読む

『新編 日本思想史研究 村岡典嗣論文選』(村岡典嗣著 前田勉編)
今週のカルテ
ジャンル思想/評論
時代・舞台1915~1945年執筆/日本
読後に一言「日本」を学問的に研究することの難しさ、危うさを感じました。
効用司馬江漢論(『市井の哲人司馬江漢――思想家としての司馬江漢』)など出色の出来です。
印象深い一節

名言
学問もまた個人の創作である。研究法といふが如きも、厳密には、もとより研究者各自の工夫に俟つべきものであつて、決して一様に律し得べきでない。(「日本思想史の研究法について」)
類書若き日の著者の代表作『増補 本居宣長(全2巻)』(東洋文庫746、748)
同時代のマルクス主義哲学者の日本論『増補 世界の一環としての日本(全2巻)』(東洋文庫752、753)
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